広島および長崎の原爆被ばく生存者のうち、200mSv以下の放射線量しか受けていない人では、発がん率が有意に高いとはいえない。そして50年間にわたる研究によると、致死量に近い線量にさらされた生存者たちの子孫にも、これまでのところ有害な遺伝的影響は出ていないようである。
最近まで、原爆被ばく生存者の研究で得られたこのような成果はずっと無視されてきた。現実の研究成果の代わりに広く受け入れられ、また人々の放射線恐怖症を駆り立ててきたのは、しきい値なし直線仮説(LNT:the
theory of linear no-threshold)である。これは放射線によるがんの有害な影響は線量に比例し、放射線の影響がでないしきい値は存在しない仮定するものである。
1959年に国際放射線防護委員会(ICRP)が放射線防護に関する勧告のベースは、このLNT仮説であった。当時、LNT仮説は実践的な考察に基づいているとみなされていた。線量と影響の間にはしきい値がなく直線的な関係が成り立つとすることによって、個人の被ばく線量が加算できるようになり、また住民について平均した量が評価できるようになり、そして放射線防護の管理が一般に容易になった。さらに当時、根底にあるポリシー、つまりごく少ない、ゼロに近い量の放射線でも害を及ぼす可能性があるとする考え方は政治的に有用だった。この考えは、まず大気中での核実験の一時的停止、さらに禁止を取り決めるうえで、重要な役割を果たしたのである。LNT仮説は放射線防護に関する国際的な理論と実践の中心となってきたし、その位置づけは現在も依然として変わっていない。
しかしながら、年を経るうちに、最初はICRPの指導のための単なる作業仮説だったものが、しだいに世論において、またマスメディアや規制組織、多くの科学者たち、そしてICRPの何人かのメンバーによってさえも、科学的に証明された事実であるとみなされるようになってきたのである。
LNT仮説の不合理さは、1986年のチェルノブイリ事故以来、明るみに出てきた。ゴールドマン(Marvin Goldman)、キャトリン(Robert
Catlin)、アンスポー(Lynn Anspaugh)はチェルノブイリ事故によるわずかな線量をもとに計算を行い、50年の間に28,000人ががんによって死亡するだろうという結果を得たのである。この驚くべき予想がん死亡者数をどうやって導き出したのか?単に米国におけるチェルノブイリ事故に起因する放射線量(1人あたり0.0046mSv)に、北半球に住んでいる人々の膨大な人数、それに日本における75,000人の原爆被ばく生存者の疫学的研究に基づくリスクを掛けただけなのだ。だが、個人の被ばく線量と線量率には影響に違いがあるので、このような試算に原爆被ばく生存者のデータを使うのは適切ではない。原爆被ばく生存者たちは、米国の住民が今後50年にわたってチェルノブイリ事故の放射性降下物から受けることになる線量の少なくとも5万倍もの大量の放射線を、およそ1秒間に受けているのである。
われわれは日本の原爆被ばく生存者のような、たとえば毎秒6000mSvの線量の放射線を受けたケースについては、信頼できる疫学的データをもっている。しかし、50年間にわたって人間が0.0046mSvという小さな線量率に曝されるような場合のデータは存在しないのである(そして今後も得られないだろう)。日本における線量率は、米国におけるチェルノブイリの線量率より2×1015倍も大きかった。このような荒い外挿を行うことは、科学的に正しくないし、認識論的にも受け入れられない。実際、米国放射線防護計測評議会の前評議委員長であるテイラー(Lauriston
Taylor)は、このような外挿は「われわれの科学的遺産の、非常に不道徳な悪用」だと考えていた。
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