私たちは誰でも、宇宙から、そして岩石や建物から、自然の放射性核種からでる放射線を受けている。雪のひとひら、土のひと粒、雨のひと滴、そしてこの惑星に住んでいるひとりひとりの人さえも、それらの中に含まれる、また身体の中にある放射性核種から放射線を出している。そして私たちは毎日、少なくとも10億個もの自然放射線粒子を受けているのである。
私たちが平均的に受ける自然放射線量は、1人あたり毎年約2.4mSvである。いくつかの地域、たとえばインドのケララ、イランのラムサール、ブラジルのガラパリなどでは、自然線線量は100倍も高くなっている所もあり、それぞれの地域で住民が何世代にもわたって暮らしている。
人口放射線についてみると、世界の平均線量は20世紀のはじめから20%ほど増加した。これは、医療においてX線診断が広く行われるようになったことがおもな理由である。その他のおもな人工放射線源には、原子力発電所や核実験、それにチェルノブイリの事故などがあるが、これらは増加分の0.1%以下しか寄与していない。
35億年前に生命が誕生した頃の地球表面における電離放射線レベルは、今日と比べて約3〜5倍も高かった6)。もしかしたら、地球上で生命が誕生するのには放射線が必要だったかもしれないし、原生動物やバクテリアを使った実験が示唆しているように7)、生命体を維持するのに不可欠なものかもしれない。
進化の初期段階では、生物はどんどん複雑になり、その過程の1つとして放射線によって生成される活性酸素やフリーラジカルになどによる様々な悪影響に対して、強力な防御機構を発達させてきた。これらの影響はDNAがおもな標的となっているのである。そのような進化は、これまでずっと進んできたことは明らかであり、このことは生物が放射線に対してゆうこうな防御機構をもっていることをある程度証明しているといえる。
人間に急性放射線障害を起こし、早期の死に至らしめる別の悪影響は、やはり細胞の中で、ただし核の外側で起こる。それらは自然放射線より数千倍も高い放射線量を受けた場合はじめて生ずる。核爆発やサイクロトロンビームなどでは、それだけの線量を受けてしまうことがあり得る。また、欠陥のある医療用や産業用の放射線源でも、そのようなことが考えられる。
大線量に対して関心を持つのは当然のことである。しかしながら、ヨーロッパ中部および西部の住民たちがチェルノブイリ事故の放射性降下物から受けたわずかな線量を恐れることは、200℃の空気に触れればたちまち第3度の火傷を負ってしまうからといって、気温が20℃でも危ないかもしれないと恐れたり、あるいは何リットルものエチルアルコールを一気飲みしたら命を落とす危険性があるからといって、赤ワインをひと口すすっても危ないかもしれないと恐れたりするのと同じ程度無意味なことである。
最近の研究によると、DNAの損傷のほとんどは自然発生的なものであり、それは熱力学的な崩壊過程や酸素の代謝でできる活性酸素やフリーラジカルによって引き起こされることが最近の研究で分かってきている。哺乳類の細胞1つ1つは、1年間に約7千万回もDNAに損傷を受けている8)。もし、DNAを修復する機構やその他の恒常性(ホメオスタシス)機構からなる効果的な防御システムを備えていなければ、生物はこのように頻繁に起こっているDNAの損傷に耐えて生き残ることができないだろう。
これらの防御機構には、酵素反応、アポトーシス(細胞の自爆)、細胞分裂周期の調節、それに細胞の相互作用などがあり、これらの防御機構によって個体の一生を通じ、また何千世代を通して、生物体は健全性を維持されてきている。放射線もDNAを傷つけるが、自然発生的なものと比べればはるかに少ない。年間1人あたり受けている自然放射線量2.4mSvの線量が原因で起こるDNAの損傷は、1つの細胞で年間約5回を越えることはない。
私たち人類が放射線を感じ取るような特定の器官を持っていないのは、おそらく単にその必要がないからだろう。それは、自然界で放射線が有害となるレベルにはならず、そのため人間は放射線を感じる器官を必要としなかったし、発達もさせてこなかったと考えられる。私たちの身体の防御機構は、自然放射線のレベルの全範囲、年間1mSvから280mSvにわたって、十分に機能している3),4)。
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