放射線の生体に対する障害性とその防御機構

 本題に入る前に、もう一つ理解してもらいたいことがある。放射線による生体の障害機構とこれに対する防御機構についてである。ここで解説する障害機構とその防御機構は、放射線に限らず、酸化ストレスとして生体に作用する多くの環境因子にほぼ共通して考えられるといってよいかもしれない。

 以下、図2を見ながら理解してもらいたい。放射線の生体に対する障害性は、おもに生体の構成成分である水分子の放射線分解より生じる種々の活性酸素種によると考えられている。活性酸素種にはスーパーオキシドアニオン(O2−)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(・OH)などの分子種がある。これらの活性酸素種は放射線照射といった物理的刺激のみならず、日常生活において摂取する飲食物をエネルギーに変換するとき、ウイルスや細菌が体内に侵入したとき、あるいは精神的ストレスを受けた際にも産生される。生体にとって酸素と水は必要不可欠なものであるが、その反面、これらの分子の反応により生じる活性酸素種はきわめて反応性に富む。これらが過剰に産生された場合には核酸の断片化、細胞膜リンパ脂質の過酸化、酸素の失活など生体内酸化障害の蓄積プロセスを経て細胞や組織の障害につながり、糖尿病などの生活習慣病、あるいは発がんなど、生体に種々の病的状態を生み出しているものと考えられている。

 

GSH:還元型グルタチオン、GSSG:酸化型グルタチオン、TRX:チオレドキシン、Red.TRX:還元型TRX、OX.TRX:酸化型TRX、SOD:スーパーオキシドジスムターゼ、CAT:カタラーゼ、GPX:グルタチオンペルオキシダーゼ、GR:グルタチオン還元酵素、Glu:グルタミン、Gln:グリシン

図2 放射線により誘導された活性酸素種と抗酸化物質

 

 老化現象についても、過剰のストレスにより発生した活性酸素種が関与するとの「フリーラジカル老化説」がD.Harmanにより提唱されている。この老化説によれば、過剰の運動などに伴い代謝活性が促進されると、生体の各組識の酸素消費量が増加し、ミトコンドリアで発生する活性酸素種の量が増加する。これにより生体膜への脂質過酸化物の蓄積や組織・臓器の障害が起こり、これらの連続的な有害反応が集積された結果、老化が促進するとされている。

 活性酸素種による障害を防御するために、生体はさまざまな防御機構をもっている。抗酸化系は免疫系とともに代表的な防御機構の一つで、活性酸素種の一つであるスーパーオキシドアニオン(O2−)をH2O2に不均化(解毒)するスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)、さらにH2O2をH2Oにするカタラーゼ(CAT)およびペルオキシダーゼ、H2O2および脂質過酸化物を消去するグルタチオンペルオキシダーゼ(GPX)などの抗酸化酵素(予防的抗酸化物)、およびこれらの活性酸素種を直接捕捉して安定化するビタミンC、ビタミンE、還元型グルタチオン(GSH)、還元型チオレドキシン(Red.TRX)、尿酸、あるいはビリルビンなどの抗酸化物質(捕捉型抗酸化物)から成っている。抗酸化系防御機構は、生体内での活性酸素種が過剰とならぬように制御し、生体内の安定と維持を図っているわけである。

    

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