低線量放射線の不思議な生体作用

 放射線による生物への影響についての研究は、おもに原子爆弾による被曝や旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故など高線量放射線に伴う事例を基に検討されてきた。特に、発がんなどの生体に対する障害論が大勢を占めていて、10年ほど前までは低線量放射線による生物への影響についての検討はあまりなされていなかった。これは低線量放射線に対して生物が明確な応答を示してくれないことに理由があったのかもしれない。このため、低線量域での放射線の生体への影響は、高線量域における影響を低線量に外挿して得た結果、すなわち「放射線はたとえ低線量であっても生体に害をもたらす」という考え方(直線モデル説)が一般的に受容されていたのである。

 しかしながら、1980年代に入り、米国のT.D.Luckeyの報告をはじめとして、この直線モデル説を基に低線量域での生体への影響を議論すると矛盾を生じる報告が、相次いで出された。表1に示すように、疾病への抵抗力の増加や寿命の延長などがそれである。





表1 低線量放射線の有益な効果(放射線ホルミシス効果)

 

 これはどういうことだろうか。図1を見てほしい。これまで考えられてきた「直線モデル説」は、図の直線部分である。すなわち、全領域が効果ゼロを示す横軸より下側にある。一方、直線モデル説と矛盾するという概念は、図中の曲線で表した部分(新モデル説)である。この曲線のうち、横軸より上側の薄い色の部分は、生体がしきい値以下の低線量放射線を受けると有益な効果を得ることを意味している。例としてあげた疾病への抵抗力の増加や寿命の延長などは、ここに入る。

 


図1 低線量放射線領域における新モデル説、しきい値、および直線モデル説

 

 一体どのようなことが生体に起るとこれらの生体に有益な現象が生じるのだろうか。この低線量域での直線モデル説に矛盾する現象を筆者らの動物に対する低線量放射線の照射実験などを基に考えてみたいと思う。

    

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