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基礎研究
ほ乳類の細胞には約100種類の酵素が「間違いをしない」DNA修復に用いられる。この修復なしには生命は存続しえなかった。多くの修復酵素は原始的な微生物にも存在し、進化の過程で受け継がれてきたことが分かるが、修復機能はほ乳類細胞でもっとも複雑で効率よく行われる。活性酸素ラジカルは細胞のエネルギー代謝で生成し、1日に13,000カ所以上のDNA傷害がおこり、10,000カ所の1本鎖断(SSB)、8カ所の1本鎖切断(DSB)が含まれる。ちなみに1Gyの放射線では1,000のSSBと40のDSBが生じる。 細胞死と変異に結びつくDSBについて考える。DBSに対して3種類ある修復のうちの1つが「間違いのない」修復で、後の2つは「間違いがちな」修復といわれ、後者の場合には変異を生じる可能性がある。またDNA傷害と細胞機能には関連があり、例えば、比較的低線量の放射線照射では細胞周期が停止され、修復の効率がよくなる。20mGyでは「間違いがち」のDNA修復酵素が誘導される。放射線によるDSBの再接合機能は線量率が低い方が(<50mGy/min)大きい。放射線のエネルギー密度DNA修復には相関があり、DNAの修復ミスの確率は線量と線量率に伴って増加するようだ。修復は低線量(>10mGy、線量率50mGy/min)での前照射によって増大する。高線量では「間違いのない」修復は頭打ちとなり、他の修復ミスやDNA欠損に至るようなメカニズムが主となるかもしれない。細胞の修復メカニズムが日常的な正常な量の傷害に対しては対応できるが、はるかに大量の傷害には対応できないかもしれない。 まとめると、DNA傷害は細胞の他の機能などによって大きく影響をうけるし、近隣の細胞同士の相互作用も重要である。 DNA修復機能の他にアポトーシスは重要な防御となる。正しく修復されなかった細胞を除去することによって変異細胞の数を著しく低下させるのに役立つ。
すべての動物で見られる。0.1Gyの前照射は、修復機能の活性化によって後の高線量による傷害を軽減する。放射線照射による傷害は直接に細胞死を招くか、修復されるかのどちらかだ。0.3-3Gyでは修復機能は有効だが、それより高線量では修復は頭打ちとなり、線量に応じた(修復されない)傷害が与えられる。修復能は約6時間で復活する。 適応応答は変異や発がんに抑制的に作用しているか?この応答で誘導される修復システムが「間違いがち」かどうかは動物実験を待つしかない。 ひとつ確かなことはLNT仮説に反して、線量率が重要だということ、さらに近隣細胞間の相互作用も関与していることである。
細胞増殖を促進するものは本質的に変異をひきおこしやすい。細胞周期が停止しているか分裂を停止している細胞では修復が効率よく行われる。疫学的には乳房の成長期に放射線照射をうけるとがんが発生しやすい。子供や幼児では甲状腺は放射線発ガンを受けやすいが20才を過ぎると細胞の増殖が低下するために確率は非常に小さくなる。
放射線によるがんは自然発生的ながんと異なる特徴はないことから、メカニズムにも大きな違いはないと思われる。 放射線発がんに関して以下のようなことが考えられる。
これらの考察からは低線量でのリスクがゼロになるようなことは推測できないが、非常に小さくなるだろうと考えられる。放射線による直接的な遺伝子の傷害と変異の生成とは異なる他の要因、同一細胞の増殖や遺伝子の不安定性などの役割が示唆される。 細胞遺伝学的研究 これまで線量-応答関係は50-500mGyでは直線的応答が、20mGy以下では顕著な低下が報告されてきた。これは修復メカニズムの活性化と解釈されてきた。10mGyの前照射による(傷害の)抑制も示された。0.2Gyから2Gyでのmicronuclei(微小核)の生成は直線的であるが0.01-0.2Gyでは線量に対する直線関係はみられない。これは照射が細胞内の抗酸化機能を消費しつくさない範囲ではこのように抑制がみられると解釈される。 結論として染色体異常は20mGy、変異細胞の発生は100mGy、体細胞内の遺伝子変異は200mGy 以下では起こらないようだ。
などが考えられるが、これらのどれもが高線量の放射線照射によって影響をうける。 DNA傷害の数と転移性のがんの発生との比例関係はありそうもないが、どのような線量-作用関係が得られるのかは予測できないし、直線的な部分があることは否定できない。しかし、この直線的な関係はあるとしてもそれほど大きな傾きをもつものではないだろう。そして実際のしきい値が存在することもあり得る。 我々の知識からは線量-作用関係は組織や年齢に大きく左右されると思われる。低線量域での関係は数学的に推論できるものではない。 |