世界にいくつかある高自然放射線地域の1つ中国陽江で行われた住民の疫学調査では、対照地域の約3倍の自然放射線の環境下で生活する人々には、がんの過剰発生はなく、がんに発展する可能性のある安定型染色体異常(転座)も有意には増加していないことが示された。そこで一般地域の3倍量の放射線被ばくによって発がんは増加しないと結論され、高自然放射線地域では健康障害はないという従来の見方を科学的に裏付けた。しかし一方で、不安定型染色体異常(二動原体染色体と環状染色体)の発生は有意に増加しており、がん発生には関与しないもののDNAの傷害が有意に増加していることも明らかになった。
このような不安定型染色体異常は、一般大衆の年間被ばく線量の2-3倍の過剰被ばく(2-5mSv/年)がある航空機乗務員の白血球においても見いだされており、この場合の過剰線量も中国の高自然放射線地域での過剰線量とほぼ一致している。高線量被ばくの傷害でも効率良く修復できる有能な修復機能にとって、数mSvの被ばくによるわずかな傷害の修復などいとも簡単なはずなのだが。またなぜ転座は効率よく修復されるのに、二動原体染色体や環状染色体は修復されないのだろうか。まるでわずかな取るに足りない傷害や危険でない傷害を見分けているかのようだ。年間数mSvの被ばくは安全なのだろうか。
室内ラドンは肺がんによる死亡の10-14%を担っているとされているが、実際に細胞が被ばくするのはおそらくたった1個のα粒子である。1個のアルファ粒子は細胞を本当にがん化するのだろうか。
最近報告された論文では、まさに細胞が危険な染色体異常と危険でない異常とを識別しているかのようなメカニズムが示唆され、これら極低線量被ばくによる不安定型染色体変異はあえて修復する必要がないと判断されたために残っているという可能性も出てきた。X線では1mGyではDNA2本鎖切断を持つ細胞はがん化できないこと、またアルファ線では厳密に1個のアルファ粒子の通過では細胞に変異は起こらないことなどが実験的に示された。これらはすぐにヒトに適用できる訳ではないが、低線量放射線に対する生体応答のメカニズムをうかがわせるものであり、疫学では決して到達できない低線量被ばくのしきい値に導くかも知れない。これらの興味深い論文を要約した。
論文1 |
中国南部の高自然放射線地域住民における染色体転座の発生 |
J. Radiat. Res., 41, Suppl., 69-74, 2000.
独立行政法人放射線医学総合研究所
Isamu Hayata 他 |
論文2 |
中国の高自然放射線地域住民のリンパ球に見られる二動原体染色体と環状染色体の発生と被ばく線量の関係 |
J. Radiat. Res., 41, Suppl., 63-68, 2000.
Laboratory of Industrial Hygiene, Ministry of Health, China
Tao Jiang 他 |
論文3 |
電離放射線による民間航空機乗務員の白血球の染色体異常 |
Mutat. Res. 377, 89-93, 1997.
Dipartimento di Biogia, Universita degli Studi Roma 'Tor Vergata',
via della Ricerca Scientifica, Italy
Elena Romano他 |
論文4 |
極低線量放射線被ばくヒト細胞ではDNA二本鎖切断修復がおこなわれない証拠 |
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 5057-5062,
2003.
Fachrichtung Biophysik, Universitat des Saarlandes, Germany
Kai Rothkamm & Markus Lobrich |
論文4に対するコメント |
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低線量放射線:しきい値、バイスタンダー効果、適応応答 |
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 4973-4975,
2003.
Laboratory of Molecular Pharmacology, Center for Cancer Research,
National Cancer Institute, National Institutes of Health |
論文5 |
ヒト細胞の核を通過する1個のアルファ粒子が発がんを誘発する可能性 |
Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 19-22,
1999.
Richard C. Miller 他
Center for Radiological Research, Columbia University |
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