高自然放射線によって成人の末梢血リンパ球の染色体異常(被ばくの生物学的マーカー)が増加するというデータはある。しかし、外部被ばくおよび体内の放射能蓄積によって高い被ばくを受けているインドのKerala地域の住民の調査において、がんリスクの増加、先天性奇形の増加、新生児の細胞遺伝学的影響による異常の増加が認められていないことから、このことがそのまま放射線被ばくの危険性の指標になると結論づけるわけにはいかない。同様の結論が中国の高自然放射線地域の調査からも導かれた。そして米国放射線防護・測定審議会(NCRP)によって発表されたように「低線量被ばく住民においてはがんの発生の増加は認められていないこと、多くの場合、むしろ減少しているようであることに気づくべきだ」
低線量・低線量率でのがんリスクの仮説は高線量(率)被ばく者のデータの外挿に基づいている。しきい値によって制限を受けることなく、リスクを受けた線量に常に比例するとするしきい値なし直線(LNT)仮説である。この仮説は自己矛盾であり、科学的には強く批判されており、また実験的、疫学的データと矛盾している。
成人では200mSv、小児では100mSvをこえる被ばくをしている人々の場合にはがんの発生の増加が見られる。日本の広島・長崎での原爆生存者、医療被ばく者、原子力従事者、旧ソ連での核廃棄物による汚染地域の住民などである。100mSv未満ではがんの発生増加は見られない。しかしながら、疫学データがまちまちであるため、子宮内での10mSvのX線被ばくの場合については疑念が残る。
がんの発生の増加がこのように見られないからといって低線量放射線照射の影響がないとはいい切れない。統計的処理の限界があるからだ。それにもかかわらずLNT仮説はラジウム-226による骨がんやトロトラストによる肝がんに見られるしきい値の存在とは矛盾するし、また広島での白血病の発生や放射性ヨウ素による治療を受けた患者のデータとは相容れない。一方、1897年から1997年の間のイギリスの放射線科医の歴史的な疫学データは、1954年以降に登録された放射線科医においては他の臨床医と比べてがんの発生は増加していないのみならず、NCRPが述べている集団と同じようにむしろ低下している傾向が認められた。同様な低下傾向は電離放射線に被ばくしている放射線関連の作業員の多くのグループ、特に放射線技師において見られた。放射線防護が不十分であった当時にはがん発生率は増加したが、1990年までに規制値が50mSvまで引き下げられると増加は見られなくなった。
線量と線量率の変化が細胞の生死や変異を左右する複雑で多様な分子レベル、細胞レベルのメカニズムに関する最近の知見を併せて考えると、これらの放射線影響のデータは直線的外挿(これは低線量や低線量率の作用を非常に過大評価させてしまうのだが)には科学的根拠がないことを示している。大勢の人々に対する数mSv/年というような低線量の被ばくを過剰がんリスクの見積りに加えることはできないし、0.02mSv/年以下ならなおさらである。医学アカデミーは、他の国際機関の見解と同様、そのような計算は科学的正当性を持たないことを強く主張する。チェルノブイリからの放射性落下物による旧ソ連外での放射線リスクを評価するための計算などもそのひとつである。
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