10,生物環境の放射線防護


 環境保護に関するICRPの現在の立場は、Publication 60(ICRP 1991)の中で次のように説明されている。「ICRPは、現在望ましいと考えられている程度に人間を守るために必要な環境コントロール基準は、他の生物種も危険にさらされないことを保証するものだと信じている。」現在まで、ICRPは環境保護をどのように実施すべきかということに関していかなる勧告も発表してこなかった。ICRPは環境保護を取り扱った報告書を最近採択した(ICRP 2003b)。この報告書は、人間保護のために開発されてきた技術、ICRPの持つ特定分野の専門知識,すなわち放射線防護技術を活用しながら、環境という重要で変化しつつある分野においてICRPが果たすことのできる役割を述べている。

 ICRPは、環境の中での放射線の影響管理を支援するための科学的基盤を提供するために、人間以外の生物種のための放射線評価の体系的アプローチが必要だと決定した。人間以外の生物種における放射線の影響を評価するための枠組を開発するこの決定は、環境への放射線危害に関する特定の懸念があって推進したものではない。むしろ枠組開発の目的は放射線防護の考え方のギャップを埋めること、また、計画中の枠組が科学的・倫理哲学的な原則に基づいた防護方針を確立することによってどのように社会の環境保護目標を達成に貢献することができるかを明確にすることであった。

 提案されたシステムは、規制のための基準を設定することを意図してはいない。ICRPが勧告している枠組は、高度な忠告やガイダンスを提供する現実的な道具となるような、そして規制当局や施設運営者が既存法令の遵守を証明するのを手助けできるような枠組である。このシステムは、そこから基準が派生するのを排除するものではなく、逆にそのような基準が派生するための基盤を提供するものである。

 多くの国際協定や法令によって放射線を含む汚染一般に対する保護措置が要請されているけれども、電離放射線からの環境保護に直接取り組むための、国際的に合意された方針や判断基準は現在のところまだ存在しない。現行の防護システムは、人間の居住環境保護には間接的に対応している。国際レベルで承認された評価・判断・基準のための技術基盤が欠落しているために、異なる状況下で放射線の潜在的影響から環境が適切に防護されているかどうかを決定・証明するのは困難になっている。明確な評価の枠組作成に関するICRPの決定は、意思決定プロセスに透明性をもたらすことになるだろう。

 環境の放射線防護体系は簡潔で現実的なものでなければならない。ICRPの枠組は、計画中の人間保護のアプローチと調和するように設計される予定である。その目的のために開発が予定されているものは、合意された数値・単位の体系、線量のリファレンスモデル、取り入れ単位当たりのリファレンス線量、影響分析などである。評価支援のためにICRPの開発するリファレンス動植物の範囲は限られたものであるが、それに基づいて他の人たちが人間以外の生物種のリスクを評価・管理するために、更に地域特有・状況固有のアプローチを作成することが可能になる。 ICRPは人間の放射線防護に関しては特別な立場にあり、それに従って国際レベル、各国レベルでの法的な枠組や目標に影響を与える上で主要な役割を果たしてきた。対照的に人間以外の生物種の保護に関わる問題は、国際的にも各国レベルでも環境に関する法的枠組・目標が多数存在するため、更に複雑であり多面性を持っている。

 ICRPの提案では、人間以外の生物種の放射線防護に対する共通アプローチの目標は、動植物の初期死亡率・繁殖力低下を惹き起こす放射線の影響発生頻度を防止・減少することによって、環境を保護するためのものである。それによって、種の保存、生物多様性の維持、生息環境の良好な状況に対する影響が無視できるような状態をつくることが目標である。

 ICRPにとっての難題は、人間の保護問題も現在鋭意検討中であることを念頭に置きつつ、環境保護の全てのアプローチを人間保護の課題と統合させることである。ICRPとしては、環境中の電離放射線に関して国際的共通アプローチに対する援助、科学的情報の基本的知識の提供という両面で、中心的な役割を果たすことができ、またそうする用意がある。この点には共通アプローチを提供して行くために、どの分野で更に研究が必要であるかを見定めることが含まれている。

    

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