RERFによって広島・長崎の被爆者に対して行われている疫学研究は、放射線が人体に及ぼす影響 を推定する上での主要なデータ源になっている(1,2)。
図1に実線で示されているRERFの登録被爆者のがん死亡に対する寿命調査(LSS)の線量―反応関係のように、RERFは被ばく線量に基づくがんによる死亡の確率にはしきい値はなく、被ばく線量と比例関係にある、と述べている(2,3)。
図1 RERF(放影研)による線量-反応曲線(実線)としきい値のある改訂された曲線(点線)
しかし、筆者らはRERFのデータの扱い方は原理的に正しくないことに気づいた。それは、RERFは被ばく線量として原爆炸裂時の直接的放射線量だけを対象としているが、実際には被爆者はその後かなりの慢性的被ばくを受けており、その寄与を無視しているので線量を過小評価している点にある。その寄与とは
(a)フォールアウト("黒い雨")、(b)誘導放射能による慢性的被ばくを受けていたことである。
慢性的被ばく線量の寄与が重要であるということは、入市被ばく者の当時の実情を調べれば容易に理解できる。すなわち、入市被ばく者は原爆炸裂の時刻に広島や長崎にはいなかったが、原爆炸裂後すぐに市内の中心部に入り、かなりの時間汚染された地域で親類を探し回ったり、負傷者の救護にあたったりした。彼等は原爆炸裂時の直接的放射線は受けなかったが、強く汚染された地域での残留放射能により被ばくし、種々の急性放射線障害症状に苦しんだ。その中には死亡した例も少なくない(6)。このような致命的な放射線量は、数Svにも達していたと考えられる。「死の灰」という用語は、このような事例から使われたと考えられている。被爆者―特に市の中心部から離れて住んでいた者―は、原爆炸裂後、これらの入市被ばく者と同じように行動したと考えて間違いないであろう。
筆者らは、於保源作(7)によって報告されている急性障害症状の発現に関するデータを使うことにより、被爆者の平均的な全被ばく線量を推定し、これから慢性的被ばく線量を推定した。
被爆者の全被ばく線量分布は正規分布を仮定する(図2)。次に脱毛の発現する最小線量を0.8Svと仮定し(9)、表1Bの症例の発現率8.12%を用いて全被爆者に対する平均線量を0.50Svと推定した。
図2 正規分布を仮定した直接被ばく者の全被ばく線量の見積り
同様に、全ての急性障害症状の発現率47.5%を用い、これら急性障害症状のしきい値として0.50Svを仮定し、全対象者に対する平均的全被ばく線量として約0.49Svの値を得る。そこで筆者らは、この二つの平均をとって0.495Svを採用した。
表1 被爆者に対する急性障害症状発現のまとめ
A. 全ての急性障害症状
報告者
|
症例
|
対象者数
|
割合(%)
|
場所
|
参考文献
|
於保
|
1,242
|
3,946
|
31.5
|
広島
|
(7)
|
広島市
|
5,414
|
9,343
|
58.0
|
広島
|
(17)
|
横田他
|
1,086
|
3,000
|
36.2
|
長崎
|
(18)
|
合計
|
7,742
|
16,289
|
47.5(平均)
|
|
|
B. 脱毛
報告者
|
症例
|
対象者数
|
割合(%)
|
場所
|
参考文献
|
於保
|
321
|
3,946
|
8.1
|
広島
|
(7)
|
横田他
|
320
|
3,000
|
10.7
|
長崎
|
(18)
|
米国-日本
|
910
|
6,427
|
14.2
|
長崎
|
(18,19)
|
RERF
|
3,957
|
58,500
|
6.6
|
広島
|
(20)
|
RERF
|
1,349
|
28,132
|
4.9
|
長崎
|
(20)
|
東京大学
|
707
|
4,406
|
16.0
|
広島
|
(20)
|
米国-日本
|
1,104
|
6,882
|
16.0
|
広島
|
(20)
|
米国-日本
|
911
|
6,621
|
13.8
|
広島
|
(20)
|
合計
|
9,579
|
117,914
|
8.12(平均)
|
|
|
次に、被爆者に対する中性子とγ線の平均直接被ばく線量は、RERFのデータを用いて0.123Svとなる(表2)。ここで、推定できた全線量0.495Svからこの値をさし引くことで、被爆者に対する平均慢性的被ばく線量0.372Svが求められる。この結果、発がんに対する線量‐反応関係は、線量の値について約0.37Svの値を全ての横軸の値に加えなければならないことになる。
すなわち、低線量領域において発がんが出現するしきい値は、0.37Svということになる。
表2 RERFの調査による寿命調査対象者と推定直接放射線量(2)
大腸線量
(Sv)
|
平均線量
(Sv)
|
寿命調査対象者
|
対象者×線量
(man・Sv)
|
広島
|
長崎
|
合計
|
<0.005
|
0.0025
|
21,383
|
15,100
|
36,483
|
91.2
|
0.005-0.05
|
0.0275
|
18,132
|
8,167
|
26,299
|
723.2
|
0.05-0.1
|
0.075
|
5,462
|
915
|
6,377
|
478.3
|
0.1-0.2
|
0.15
|
4,787
|
951
|
5,738
|
860.7
|
0.2-0.5
|
0.35
|
4,998
|
1,255
|
6,253
|
2,188.6
|
0.5-1.0
|
0.75
|
2,171
|
1,025
|
3,196
|
2,397
|
1.0-2.0
|
1.5
|
1,071
|
536
|
1,607
|
2,410.5
|
>2.0
|
2.2(仮定)
|
496
|
183
|
679
|
1,493.8
|
合計
|
|
|
|
86,632
|
10,643.3
|
平均
|
|
|
|
|
0.1228
|
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