低線量放射線被ばくによる発がんについて、線量−反応関係にしきい値があるかどうかという問題は、放射線防護と原子力政策決定における最も重要で、議論の多い問題の一つである。放射線影響研究所(RERF)によって、広島・長崎の原爆被爆生存者(以下、被爆者)に対して寿命調査(LSS)が行われているが、現在、その研究グループの疫学的研究結果は最も信頼のおけるものとされている。その研究グループは、線量−反応関係には「しきい値なしの直線関係」(LNT)の仮定を否定する何の証拠もない、との見解をとっている。それに対して筆者らは、被爆者の受けた放射線量は慢性的被ばくの影響を考慮に入れて再評価することが必要だと主張してきた。この慢性的被ばくとは、被爆者や原爆炸裂後市内中央部へ早い時期に入域した人達(以下、入市被ばく者)が直接にフォールアウトを受けることにより、また地表の誘導放射能から被ばくしたことをいう。
筆者らは、また、慢性的被ばくによってしばしば致命的な傷害を受けたと報告されている入市被ばく者の実例が重要であると主張してきた。なぜなら、被爆者のかなりの割合が入市被ばく者と同様の行動をとっていることが十分に考えられるからである。最近になって、筆者らは、放射線による急性障害の症状の発現の割合が、全被ばく線量を推定する上で重要な指標になるということを見出した。
筆者らは、この論文で被爆者の線量の分布が正規分布をとると仮定し、脱毛などの急性障害症状を起こした症例に対して、於保源作や他のいくつかのグループが調査した統計データに基づいて、平均的全被ばく線量を推定することができた。
すなわち、脱毛の症状の出るしきい値を0.8Svと仮定し、脱毛の発症の割合8.12%(8グループ117,914被験者中9,579例)の数値を用いて正規分布の平均値を求めると0.50
Svとなる。また、脱毛を含む下痢・嘔吐など各種の急性放射線障害症状の発症の割合のデータ47.5%(3グループで16,289人中7,742症例)を用い、発症のしきい値を0.50Svと仮定すると全体の平均値は0.49Svとなる。これらの値の平均値0.495Svから、RERFのデータを使って計算した瞬間的に受けた放射線量(直接的放射線量)の寄与0.123Svを引くと、慢性的被ばく線量の寄与は0.372Svであると計算することができる。
この結果から、発がんに関する現在の線量―反応関係はこの線量だけ右側に平行移動すべきであり、低放射線領域における発がんのしきい値は、約0.37Svであるといえる。
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