このメモランダムは、国際放射線防護委員会(ICRP)が2005年に刊行を予定している基本勧告に関して、どのような観点で議論しているかについて公表したペーパーである。なお、このメモランダムは2003年1月9日に公表されたものである。

 1,はじめに


 Publication 60(ICRP 1991)に掲載されている1990年防護システムは、ICRPが過去約30年かけて作成・改良してきた放射線防護システムを集約したものである。この間中に、ICRPは多くの状況をシステムの適用に反映するように努力してきたが、このためシステムはますます複雑なものになった。この複雑性は、線量拘束値(dose constraints)や個人の線量限度(dose limits)を含めて、「行為の正当化(justice of a practice)」、「防護の最適化(optimization of protection)」などの複数の概念が使われているためであり、また、将来放射線被ばくを全体的に増加させる人間活動「行為(practices)」と放射線被ばくを全体的に低減させる人間活動「介入(intervention)」をそれぞれ別々に取り扱う必要があったためである。

 ICRPでは、勧告の適用に関して、職業被ばく、医療被ばく、公衆被ばくについてはそれぞれ異なった適用が必要であると考えていた。このような複雑性は論理的には理解可能だが、異なる適用間にある様々な相違について説明するのは必ずしも容易ではないと考えている。

 実施する国際規制機関と各国規制機関の多くは比較的最近になって1990年勧告を施行したため、ICRPは国際規制の安定性が必要であることを認識しつつ、現行システムをさらに一貫性のある、理解しやすいものにするよう努力している。しかし、1990年以降科学的データが新しく作成され、社会的な期待にも進展があり、これらのことは必然的に勧告の作成の際にいくつかの変更点として反映されることになるだろう。

 1977年勧告は、Publication 26(ICRP 1977)として公開されており、この中で「正当化」、「最適化」、「線量限度」の3原則が確立されている。放射線防護効果の評価には、個人線量をもたらす線源に関するもの(線源関連)と、管理できる線源から人間が受ける個人線量に関するもの(個人関連)とがある。防護の最適化は線源関連の手順であり、個人関連の線量限度は管理できるすべての線源からの防護の程度を決めるものである。

 防護の最適化は線源に適用されるものであり、社会的・経済的要因を考慮しつつ、どの程度の線量であれば「合理的で達成可能な限り低く」に合致するかを決定するために使用される。その結果、決定支援技法が提案された。特にICRPは、「費用がどれだけかかり、何人の生命が救われるか」という疑問に応える手順として、費用・便益分析手法を提案した。ICRPの提案したものは、問題となっている線源に帰すべき放射線被害を考慮する際には、最適化技法の適用にあたって「集団線量」という概念を使用すべきである、というものであった。この概念では、ある線源の原因に帰すべき個人線量の分布を考慮にすることはできない。この問題に対する様々な研究がPublications 37および55 (ICRP 1983, 1989)に記載されており、個人が被ばくした線量の増加による集団線量の費用算出方法が提案されたが、同案は実質的には国際的に採用されなかった。

 この問題は、1990年勧告では部分的に解決されたのみであった。すなわち、1977年勧告と同様に、線量は社会的・経済的要因を考慮しつつ、「合理的に達成可能な限り低くなければならない」、というものであり、その内容は次の通りであった:

内在する経済的・社会的判断から生じる可能性のある不公平を最小限におさえるために、この手順は、個人の受ける線量に対する制限(線量拘束値)、または、潜在的被ばく(リスク拘束値)の場合に個人が受けるリスクに対する制限によって制約を受ける(ICRP 1991, paragraph 112)。

 この「拘束値」の概念は、それ以降の刊行物においても、ICRPの主委員会(Main Commission)による明確な説明はなかった。この概念は理解されることもなく、国際機関でも議論の対象にはなったけれども十分に活用されることもなく、また、広く実践されることもなかった。現在、主委員会としてはこの概念の意味と利用方法を明確にすることを目指している。

 この線量拘束値の概念が導入されたのは、同一の線源の影響を受けた個人間で費用・便益の不均衡が生じるので、費用と便益のバランスをとるために集団で処理することによる不公平を制限する必要性があったためである。1990年以前は線量限度がこの役割を果たしていたが、Publication 60(ICRP 1991)では線量限度の定義は変更されて、結果的なリスクが許容できないと想定される上限境界を意味するようになった。そのために、防護の最適化に対する制限としては不適切と考えられるようになり、そのためにより低い値の拘束値が必要とされるようになった。

 この拘束値の導入によって、個人に対する基本的最低防護基準を設定する必要性から、最適化プロセスに制限を加えることの重要性が認識されるようになった。Publication 60(ICRP 1991)で設定されている介入の原則は、介入がほぼ確実に保証される(正当化される)場合の線量レベルまたは被ばくレベルを単位として表現されている。これによって、介入の便益を最大化する(すなわち、防護レベルを最適化する)要求が生じることになった。これは、事実上の最適化プロセスであり、行為に対しても全く同様な条件が適用されることになる。すなわち、最大個人線量と個人への線量低下につながると期待される最適化プロセスの適用に制限が加えられことになる。

 1990年以降のICRP勧告はすべて、行為に関するものであれ介入に関するものであれ、考えられる状況下での最大個人線量を制限することを主眼として作成され、最適防護がそれに続いて作成されてきたことが分かる。これによって重要性の認識に変化が起こり、ある線源から個人を防護する必要性が認識されるようになった。

表 1.  Publication 60 (ICRP 1991) 以降に制定されたICRP勧告:
Publication 62 (ICRP 1993a) 生物医学的研究における放射線防護
Publication 62 (ICRP 1993a) 生物医学的研究における放射線防護
Publication 63 (ICRP 1993b) 放射線緊急時における公衆の防護のための介入に関する諸原則
Publication 64 (ICRP 1993c) 潜在被ばくの防護:概念的枠組み
Publication 65 (ICRP 1994) 家屋内および作業環境でのラドン‐222からの防護
Publication 75 (ICRP 1997a) 職業人の放射線防護に対する一般原則
Publication 76 (ICRP 1997b) 潜在被ばくの防護:選ばれた放射線源への適用
Publication 77 (ICRP 1998a) 放射線廃棄物の処分に対する放射線防護の方策
Publication 81 (ICRP 1998b) 長寿命放射性固体廃棄物の処分に適用する放射線防護勧告
Publication 82 (ICRP 1999) 長期放射線被ばく状況における公衆の防護
 

 したがって新しい勧告は、Publication 60(ICRP 1991)に記載された勧告およびその後に刊行された勧告の延長上あるものとして、一貫性を持ち、簡潔に表現された統合版とみなすべきである。また、この機会を利用して、自然放射線被ばくに対する一貫性のある考え方を追加し、環境の放射線防護方策を導入する予定である。

  

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