Laboratoire de Radiobiologie,
Universite Rennes/UPRES EA 2231,
Centre Eugene Marquis, France
K. Nourgalieva, N. Guitton,
F. Legue, S. Colleu-Durel,
V. Brouazin-Jousseaume and C. Chenal

Faculte de Pharmacie, Centre de
Val d' Aurelle-CRLCC, France
L. Khadari and Y. Robbe

Radiation Protection Division, SCK-CEN, Belgium
C.M. Vandecasteele


 要 旨


 ラドンによる長期的な影響は、肺上皮細胞でのα線内部被ばくとウラニウム、トリウムとその崩壊核種によるγ線外部被ばくの両方の作用による。被ばく規制値4WLM/年は年被ばく線量20mSvに相当する。多くのウラン鉱山ではこれより低く規制されているが、被ばくの初期影響の生物学的指標はない。ここで紹介する動物モデル実験では現実的な被ばく線量のレベルに注目している。

 実験では照射群ラットでは外部照射16.5μGy/h、ラドン被ばく1650Bq/m3であり、対照群ではそれぞれ0.34μGy/h、ラドン被ばく64Bq/m3であった。影響の測定は親F0と仔F1で行った。蓄積外部被ばく線量はF0、F1でそれぞれ179mGy、175mGyであった。平均ラドン被ばく線量は2.74WLM/年であった。肺胞マクロファージのDNA傷害をアルカリコメットアッセイでおこなった。

 上気道マクロファージのDNA傷害の測定は職業的なラドン被ばくの影響の調査に適していると考えられる。

 

 1,はじめに


 人々が自然から被ばくする放射線源としては、ラドン-222がもっとも重要だ。被ばく線量の50%以上を占め、ウラン鉱山での抗夫の放射線障害の最も重要な因子である。

 多くの疫学調査からラドン被ばくによる肺がんの誘発が明らかにされてきた。しかし低線量での被ばくの影響はあまり報告されていない。

 気管支や肺胞の上皮細胞は直接ラドンや娘核種と接触する。肺胞上皮細胞では放出されるα線粒子は細胞核にまで達し、DNAに傷害を与え、細胞死やがんのリスクとなるような変異を引き起こす。このような低線量の外部被ばくおよび内部被ばくが肺に及ばす影響はあまりよく解っていない。

 遺伝子傷害の評価では染色体異常が広く用いられている。ラドンの作用は微少核の形成で評価されることが多い。最近では、染色体ペインティングやコメットアッセイまたは細胞ゲル電気泳動がα線粒子による遺伝子への傷害の定量に用いられている。

 ここではコメットアッセイがラドンの作用の定量に有用であるかを判断する。また親の胎内で慢性的に被ばくした仔への作用も検討した。

 

 2,実験材料と方法


 ホルミシスとは大量の投与では致死的もしくは致命的な障害をもたらすようなものが少量投与される場合に引き起こされる生体の応答、おそらくホメオスタシスに基づいた応答、ということができる。この言葉は低線量の照射によって有益な、または刺激促進的な作用がもたらされるような場合に使われる。

2.1 サンプルの収集場所
 照射群と対照群サンプルの作成はSaint Martin du Boscで行われた。外部を鉄で覆われた木製の格納箱でそれぞれの群の動物は飼育された。

2.2 ドシメトリー
 熱ルミネッセンスドシメーター(TLD)で毎月γ線量を測定した。α線線量の計測はMIMIL II M検出器で毎月少なくとも1回行った。

2.3 生物材料
 1997年12月19日に51匹の21日齢のSpurague-Dawleyラット(雌15匹、雄36匹)をそれぞれの格納庫においた。4ヶ月時にそれぞれの群で15組を交配した。

2.4 アルカリコメットアッセイ(細胞ゲル電気泳動)
 それぞれの個体から50個の無作為に選んだ細胞の泳動像を分析した。それぞれの細胞の泳動像のテイル部分のDNA含有量(PDT)、テイルモーメント(TM)、スコア(SC)を計測した。評価は以下のようである。

傷害なし(TM<1)、わずかに傷害あり(1<TM<5)、傷害あり(5<TM<50)、重度の傷害あり(50<TM)

 これら4段階を点数化して0から3とし、それぞれの個体の50個の細胞の点数の合計を個体のスコアとして表した。

 

 3,結果


3.1 ドシメトリー
 γ線線量の変動は少なく、対照群では0.34±0.08μGy/hで、これは3.0mGy/年に相当する。照射群では約50倍高く、16.5±3.3μGy/h(144mGy/y)で、F0では179mGy、F1では175mGyとなる。交配時には蓄積線量39.6mGyで胎児では7.5mGyである。

 2つの格納庫でのラドン測定の結果は図1に示した。空気中の平均ラドン濃度は対照群では64Bq/m3、照射群では1650 Bq/m3であった。PAEC値はそれぞれ0.12および1.24μJ/m3であり、ラドンと娘核種間の平衡係数はそれぞれ0.31および0.14と見積もられる。

 COGMEAフィールドモニターで測定したPAEC値のデータ(図2)の信頼性はより高く、Rn-222は0.87μJ/m3で、Rn-220は0.11μJ/m3であった。


図1 2つの格納庫のラドン濃度の変動(kBq/m3)

 


図2 照射群格納庫でのRn-222とRn-220のポテンシャルαエネルギーの1999年の変動


3.2 温度
 温度変化は2つの格納庫であまり違いはない。1998年の夏の酷暑で、6月には照射群で4,5%のF0と4.2%のF1が死亡し、7月には同じく照射群の5,6%のF0と3,8%のF1が死亡した。対照群では死亡はなかった。

3.3 成長
 体長と体重は両群で差はなかった。

3.4 コメットアッセイ
 6匹分(計6x50細胞)のテイルモーメント値の分布の代表例を図3上図に示した。図3下図は6月の高温時期の後のデータである。


図3 テイルモーメント値分布図の代表例(上図)と1998年6月の高温期のあとの分布図

 

 F0とF1の肺マクロファージのコメットアッセイの結果は、図4にテイルのDNA含量、平均テイルモーメント、スコアを示した。照射の有無に関係なく、F1では若い動物に高い割合のDNA傷害が見られた。加齢に伴い傷害は減少するが、1年を超えるとまた増加した。

図4 各種パラメーター。(上段)テイルに含まれるDNAの割合、(中段)平均テイルモーメント、(下段)スコア。左列はF0、右列はF1。

 

 両群で比較すると、照射群では対照群に比べ、より多くの細胞のDNAが傷害を受けていた。平均テイルモーメントとスコアは照射群で2倍高く、約60%多いDNAが照射群のマクロファージのテイル中に見出された。

 

 4,考 察


 それぞれ2世代にわたる照射群と対照群のラットを15ヶ月間観察した。対照群は外部γ線被ばく3mGy/年で、空気中ラドン濃度は64Bq/m3の環境で育成した。照射群がおかれたのはウラニウムの薄層が表出し、外部γ線被ばくが144mGy/年で、平均空気中ラドン濃度が1650Bq/m3となる場所である。照射群格納庫の被ばくレベルは0.047Working Level(WL)で、2.74WLMの照射レベルでの1年以上の持続的な被ばくに相当する。

 実験条件と成育状況は両群で差異はなかったが、1998年夏期の2度の高温時には照射群のラット5%ずつが死亡したのに対して、対照群では死亡は見られなかった。このことから照射が熱傷害に対する感受性を高めるという可能性が考えられた。

 照射群でのより多いDNA傷害が3つの指標すべてにおいて認められた。慢性的な外部照射および内部照射による傷害のパターンはF0とF1では異なっていた。F0ではマクロファージのDNA傷害は加齢にともなって増加した。F1ではより少ない量の被ばくでDNA傷害が検出された。これはF0の被ばくに由来するある種の遺伝子の不安定性が原因であると解釈できる。驚いたことに、F1の肺胞マクロファージのDNA傷害は中くらいの低線量では低減し、線量が上がると再び増加した。これは適応応答であると考えられる。しかしこの応答も150mGy以上では有効ではなくなる。

 

 5,結 論


 ラドンによる長期的な影響はよく知られており、これは肺上皮細胞でのα線内部被ばくとウラニウム、トリウムとその崩壊核種によるγ線外部被ばくの両方の作用による。被ばく規制値4WLM/年は年被ばく線量20mSvに相当する。多くのウラン鉱山ではこれより低く規制されているが、被ばくによる肺傷害の良い生物学的指標はない。

 ここで紹介した実験ではウラン鉱山の抗夫や高自然線量地域の住民が被ばくするかもしれないような被ばくレベルが用いられた。照射群ラットでは平均1650Bq/m3の慢性的な被ばくであった。F0世代は1.2-3.4WLM被ばくし、F1世代は0.3-3.3WLM被ばくした。

 アルカリコメットアッセイは高自然線量地域での初期のDNA傷害のよい測定手段であると思われる。

 

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