1957年に広島の医師於保源作は、被爆者の中に下痢、発熱、脱毛などの急性障害が発現したことについて報告している(7)。彼の報告では、原爆炸裂時に爆心地から色々な距離の所にいた被爆者を扱っており、次の4種類の情況下でのそれぞれの症状に対するデータを提供している。すなわち、(1)屋内で被爆し、市の中心部に立ち入ったグループ、(2)同じく屋内で被爆したが、立ち入らなかったグループ、(3)屋外で被爆し、市の中心部に立ち入ったグループ、(4)屋外で被爆し、立ち入らなかったグループ。 ここで"立ち入り"は、原爆炸裂後3ヶ月以内に爆心地から直径1km以内に立ち入ったことを意味する。
この報告では、全ての急性障害症状を示した割合として、3,946人の対象者中1,233例(31.5%)を示しており、この中で脱毛に対しては、3,846対象者中321例(8.1%)である。彼は同時に、入市被ばく者で、域内に立ち入った者では525人中230人、立ち入らなかった者は104人中0人というデータも報告している。このことから明らかに分かることは、爆心地近くに立ち入ったことが急性障害を発現する上で明らかに大きな要因となっていることである。
いくつかの別の報告もある。ある公的な報告(17)によると、1945年末までに急性障害症状を示した割合は広島では52%(13,168対象者中6,704例)であった。その値は被爆者では58%(5,419/9,343)、入市者では39%(1,158/2,969)、救護活動に当たった入市者では29%(151/522)であった。日米共同調査で行われたものを含む長崎大学グループの報告(18,19)、RERF(20)の報告などもある。これらのデータは表2にまとめてある。表3に瞬間的被ばく線量の寄与による平均被ばく線量を計算する目的でRERFのデータを再現した。
筆者らの仮定は、被爆者であるか入市者であるかにかかわらず全被ばく線量は、図2に示すように正規分布に従って分布する、ということである。さらに、何らかの急性障害症状をもたらす最低の放射線量を0.5シーベルトと仮定するならば、急性障害症状が被爆者の47.5%に見られたこと(表2A)を考慮すると、平均的全被ばく線量は0.49Svと計算できる。
図4 脱毛の頻度と爆心地からの距離との関係
同様に、脱毛のしきい値を0.8シーベルトと仮定し(9)、表1Bの平均割合8.12%を使えば、平均的全被ばく線量を0.50Svと計算できる。
表2に示されているRERFの寿命調査の数値(2)から計算された被爆者の平均被ばく線量0.123Svを引くと、被爆者の正味の平均慢性被ばく線量は、0.495‐0.123=0.372(Sv)になる。ここで、被爆者グループの平均的慢性被ばく線量を0.37Svとすれば、発がんに対する線量−反応関係は、図1の点線で示されているように、この数値だけ右側に平行移動すべきであり、少なくとも発がんのしきい値は0.37Svということになる。
入市被ばく者に関しては、於保の報告によると629人中230人(37.0%)が前節で述べたような急性障害症状を示した。もう1つの資料では34%である。彼等は直接被ばくしていないので、もし上述のように急性障害症状発現のしきい値を0.50Svと仮定し、図2と同様に正規分布を用いて計算すると、入市者の受けた平均的慢性被ばく線量は約0.43Svと見積られる。
謝 辞
この論文を作成するに当たり、この問題に興味をお持ち頂き、かつ意義深い議論を提供して下さった財団法人放射線影響協会常務理事の金子正人氏と大阪大学宗平名誉教授の近藤宗平氏、文献調査段階で筆者らに有益な議論を提供して下さった広島大学教授の早川式彦氏、放射線影響研究所顧問の砂屋敷忠博士、放射線教育フォーラムの辻萬亀雄氏、また、英文原稿の言語面の校正を好意的にご担当下さり、有意義なコメントと励ましのお言葉を下さったアルゴンヌ国立研究所の井口道生博士、ドイツのFeinendegen教授に心から感謝申し上げる次第である。
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