米国科学アカデミー紀要 PNAS Nov. 25, 2003 Vol.100 No. 24 13761-13766


David J. Brenner, Richard Doll, Dudley T. Goodhead, Eric J. Hall, Charles E. Land, John B. Little, Jay H. Lubin, Dale L. Preston, R. Julian Preston, Jerome S. Puskin, Elaine Ron, Rainer K. Sachs, Jonathan M. Samet, Richard B. Setlow and Marco Zaider

2003年8月29日、Richard Doll提供

 

 アブストラクト


 高線量の電離放射線が、それだけではないが、がんの誘発を含む有害な影響をヒトに生ずることは明らかである。非常に低い放射線量においては、状況はそれよりずっと明確ではないが、低線量放射線のリスクは、がんのスクリーニング検診から、原子力の将来、職業被ばく、航空機の常連客のリスク、有人宇宙飛行及び放射線テロリズムといった様々な問題に関係して社会的に重要である。 我々は低線量放射線リスクの定量化にともなう困難さを吟味したうえ、2つの質問に言及する。最初の質問は、ヒトのがんリスクが上昇するという良好な証拠があるX線あるいはγ線の最低線量はいくらか?疫学的データが示唆するところ、急性被ばくで〜10−50mSv、遷延被ばくで〜50−100 mSvである。 第二に、さらに低い線量にこのようながんリスクの評価値を外挿する最も適切な方法は何であるか?それが実験的に裏付けられ、定量化できる生物物理学的な議論によって支持されるならば、がんリスクの中線量から極低線量への直線外挿が、現在のところ最も適切な方法論であるように思われる。この直線仮定は必ずしも最も保守的なアプローチではないので、これによって放射線誘発がんのリスクを過小評価する場合も過大評価する場合もありそうである。

 はじめに


 低レベルの放射線による生物学的影響は、1世紀以上にわたり研究され、議論されてきた。100 mSvをこえる中・高線量がヒトにがんなどの悪い影響をもたらすことについては疑問はないが、それより低い線量についてはハッキリしない。表1に示すような低線量のリスクを理解することは社会的に重要である。

 低線量のリスク評価には、大規模な疫学調査が必要:過剰リスクが線量に比例するならば、

   1,000 mSvで、500人必要なら
   100 mSvでは、50,000人
   10 mSvでは、約500万人必要

 現在の低線量リスク評価に基づく有意ながん死亡率増加を検出するために生涯、追跡調査が必要な集団の規模(図1)


図1

表1 日常生活で受ける低線量放射線被ばくとリスク評価の平均的な線量
およその平均個人線量(mSv)
日常生活で受ける被ばく  
  ニューヨーク、ロンドン間の往復飛行
0.1
  乳房レントゲン検診(乳房の線量)
3
  自然放射線によるバックグラウンド線量
3/年
  チェルノブイリ事故近傍の50万人のウクライナ人(70年間の線量)
14
  医療用セシウム線源による核テロ(半径20ブロック内)
3-30
  小児のCTスキャン(腹部スキャンによる胃の線量)
25
  放射線作業者の被ばく限度
20/年
      
低線量の疫学的調査
  
  原爆生存者(生涯調査集団の平均線量)
200
  医療用X線(脊柱側湾症調査の乳房線量)
100
  原子力従事者(主要な調査の平均線量)
20
  胎内で診断用放射線を受けた者
10
注:実効全身線量(臓器の記述のないもの)
           

 ヒトのがんリスクが増加したという良好な疫学的証拠がある最低線量は?


低線量の急性被ばく

○原爆生存者
  生涯調査集団(LSS cohort)の平均線量は、200mSvである。(50%をこえる26,000人は、50mSv未満)
  図2に固形がん死亡(1950〜1997年)の低線量リスク評価を示す。5〜125 mSv(平均34 mSv)で有意な増加(P=0.025)
  リスク評価でバイアスはあり得る(爆心に近いほど死亡診断書にがんと記録されやすいだろう)が、がん発生率調査ではそのようなバイアスは起きにくい5〜100mSv(平均29mSv)で有意な増加(P=0.05)。年齢、遺伝等の要因により、リスクは平均より高くも低くもなる。

○診断による胎内被ばく
  小児がんリスク…10mSvで有意な定量できるリスクの増加が生じる。
  Moleによると、英国の1958年から1961年の検査(平均胎児線量6mSv)でオッヅ比1.23 [95%信頼幅1.04-1.48]
     

低線量の遷延被ばく

○3か国の原子力従事者の調査(米国、カナダ、英国)
  カナダの調査(平均6.5mSv)で、統計的に有意な固形がんの過剰発生と死亡リスク
  3か国プール(平均40mSv)、英国調査(平均30mSv)では、固形がんの有意な増加なし
  3つの調査とも白血病のリスクが増加:3か国プールでは有意、英国はかろうじて有意、カナダは有意ではない

○米国の脊柱側湾症のコホート調査(女性の乳がん)
  20歳未満の女性、多数回のX線診断(平均乳房線量、25回で108mSv)
→統計的に有意な乳がんのリスク。
    相対リスクRR=1.6[95%信頼幅1.1 - 1.6] 。
    10〜90mSvの乳房線量の者に限定しても過剰リスクは有意。

○頭皮照射による甲状腺がん(Ronらの調査)
  子供の頭皮照射(5分割照射、平均合計甲状腺線量62mSv;40-70mSv)の症例−対照調査では、甲状腺がんのリスク:RR = 3.3 [95%信頼幅1.6 - 6.7]
   
被ばく時、5歳未満では、RR=5.0[95%信頼幅2.7-10.]
  5つの小児外部被ばくコホート(平均甲状腺線量50mSv;10-90mSv)をプールした解析では、甲状腺がんのリスク:RR=2.5[95%信頼幅2-4]

○核実験のフォールアウトによる白血病
  5歳未満の被ばく(個人ごとの線量評価なし、推定骨髄線量1.5mSv)で、白血病 のリスク増加:RR=1.11[95%信頼幅1.00-1.24]
    *エコロジカルな調査なので、バイアスの影響をみること困難だが、ネバダの核実験
  5つの小児外部被ばくコホート(平均甲状腺線量50mSv;10-90mSv)をプールした解析では、甲状腺がんのリスク:RR=2.5[95%信頼幅2-4]
      サイトからのフォールアウトによるユタ州の白血病について、それ以前に行われた症例−対照研究の結果と一致する。この調査では、6〜30mGyの骨髄線量を受 けた20歳未満で死亡した急性白血病の有意な過剰リスクは、オッズ比5.8 [95%信頼幅1.6-22]であった。

がんリスクの明らかな証拠が示されている線量のまとめ

X,γ線の急性被ばくの線量:> 50mSv good evidence
             〜 5mSv reasonable evidence
    遷延被ばくの線量:> 100mSv good evidence
             〜 50mSv reasonable evidence

 観察されたリスクのより低線量への外挿


 図2にヒト集団で有意なリスクが示された線量からそれ以下にリスクを外挿する際のシナリオを示す。

直線的な線量−応答関係(図3、直線a)
   低線量、中線量で疫学的研究および実験室研究でたくさんのデータがある。NCRPレポートNo. 136では、現在の科学的知識に基づいて、LNTモデルが最ももっともらしい(plausible)とされている。

 このモデルの生物物理的な理論的解釈(rationale)は、本質的につぎのとおりである:

  直接的な疫学的証拠が、診断用X線による10mGyの臓器線量が、がんリスクの増加と関連していることを示している。
  診断用X線の10mGyという臓器線量では、照射された細胞核の大部分は、1個か多くても数個の物理的に離れた電子の飛跡が横切るだけなので、それらの飛跡が協力し合ってDNA損傷を引き起こすことはできない。それぞれが独立に確率的な損傷およびその結果としての細胞変化を起こすであろう。
  線量が減少すれば、(たとえば10分の1になれば)単純に比例して、電子の飛跡とヒットされる細胞数が少なくなる。
  しきい値なしに、〜10mSv以下の任意の低線量までリスクは直線的に減少する。

 この議論は、個々の細胞がお互いに影響せず、自立的に応答すると考えている。

直線仮定が低線量リスクを過小評価するシナリオ:下向きに曲がる線量−効果関(図3、曲線b)
   下向きに曲がる(減少勾配)線量−応答関係が存在するという証拠が疫学的にも実験室研究でもある。最も新しい低線量の原爆生存者のがん死亡(図2)およびがん発生データの両方ともが、この形を示しているように見える。もちろんこのような低線量での線量―応答曲線の形はあいまいさなしには決められない。
 


 いくつかの解釈がある。1つは、放射線に特に敏感な人々が少数いるという解釈である。0.25%が放射線誘発乳がんに極めて敏感とした場合の誘発乳がん数は、図5のようになる。AtmおよびBrcal heterozygotes異型接合体(2つの異なった形質の遺伝子を持つ雑種)のような遺伝的に放射線に敏感な人たちがいることはわかっているが、放射線誘発がんの感受性との関係はまだ議論のあるところであり、図2や4のような線量−応答を説明するに必要なほどの頻度と高感受性を持った集団はこれまで分っていない。

 


 2つ目の解釈は、誘導された放射線抵抗性、時には適応応答と呼ばれる少量の予め与える"priming" dose(典型的に5〜100mGy)が、大量被ばくに対する放射線感受性を低下させるというもので、多分、DNA修復機構をup-regulatingするためである。発がん、細胞の不活化、突然変異誘発、染色体異常の生成それにin vitroの腫瘍性変異についてこの現象が報告されている。priming doseがその後の放射線感受性をなくしてしまえることを示唆する証拠はない。誘導された放射線抵抗性は一時的で、4〜48時間続く。このことは、長期間の低線量被ばくに対してこの現象はわずかな関連しか持たない。ヒトの細胞で効果が観察された実験では、個体間の変動が大きい。抵抗性の誘導能力は年齢とともに有意に現象することが報告されている。

 


 第3の解釈は、bystander効果の結果というものである。bystander効果によって放射線損傷を受けた細胞が、放射線で直接にはヒットされていない近隣の細胞にシグナルを発し、このシグナルで近隣細胞に発がん性の損傷をもたらすおそれがある。bystander効果は、近隣の放射線損傷を受けた細胞から損傷シグナルを受ける細胞の数が多くなることを反映して、低線量において急勾配の応答を示す特徴がある。ある程度線量が高くなるとbystander効果は飽和する(影響を受けることのできるすべての細胞がすでに影響されてしまっている)ため、図3のbのように下向きに曲がる特徴的な線量−応答関係になる。bystander効果は、α線および多少すくないが、X線について実験室では広範囲に示されている。bystander効果は、ラドン(α粒子)被ばくによる低線量リスクに関係しているかもしれないという証拠はあるが、低線量のX線、γ線リスクとの関連はまだ確立されていない。



直線性の仮定が低線量リスクを過大評価するシナリオ(図3、d, e曲線)
   線量のしきい値(図3の曲線d)は、その線量以下では、誘発される特定のend-pointのリスクがゼロであることを意味している。起こりうる例としては、放射線誘発の肉腫(結合組織で発生する悪性腫瘍)があり、これは低線量ではほとんど観察されないが、おそらく分裂しない(noncyclingな)結合組織細胞が分裂するように刺激するのに大線量が必要だからであろう。たとえば、放射線治療の後、2次的な肉腫が有意に発生するリスクは、高線量(>50Gy)を照射した領域か、または、その近傍にあり、低線量しか受けてない離れた臓器にはない。肉腫とがん腫で異なるパターンをとることは原爆生存者で立証されている。骨がんによる死亡の有意な増加は観察されていない(平均線量200mSv; P=0.4)が、すでに分裂している(cycling)細胞から生ずるがん腫の有意な増加はハッキリ見られる(P<10-4)。
 


 ある放射線量が有意なendpointの自然発生率を減少させたなら、ホルミシス様の応答(図3の曲線e)が起きるであろう。いくつかの動物実験は、低および中線量の放射線が寿命を延ばすことができるという潜在的なホルミシス応答を示唆している。低線量ではよくあることだが、データはどちらともいえない。たとえば、Maisinらは、138匹のC57BLマウスは500mGyの急性X線量が対照より平均50日長生きしたと報告しているが、対照的に、もっと大規模な研究でStorerらは、1390匹のRFMマウスが同量の急性のγ線量で対照より平均75日寿命が短かったと報告している。寿命の延長が観察された動物実験では、寿命の延長は一般に悪性疾病の減少を反映しているのではなく、感染やその他の非がん疾病による死亡率の減少によるものである。この知見は、寿命延長が事実であるなら、放射線によるDNA修復メカニズムの刺激に関係しているというよりも、放射線による免疫系の亢進と関連しているらしい。



上向きに曲がる線量―効果関係(図3の曲線c)

   上向きに曲がる(昇り勾配の)線量−効果関係(図3の曲線c)は、ヒトの放射線誘発白血病や染色体異常誘発の急性被ばくの線量−効果関係をよく記述している。このような線量−応答データは、直線−2次というようなメカニズムに動機付けられたモデルや関連したアプローチを使用したり、あるいは、異なる再結合プロセス間の競合をモデル化することによって、広範囲に解析されている。これらの上向きに曲がる線量−効果モデルは、一般に十分に低い線量あるいは線量率では、単純な直線モデルになる。


図2

図3

図4

図5

 要約


 50〜100mSv(遷延被ばく)あるいは、10〜50mSv(急性被ばく)をこえる線量では、ヒト集団での直接的証拠が、電離放射線への被ばくが、いくつかのがんのリスクを増加させることを示している。表1は、これらの数値を個人が受けるか受けるかもしれない放射線量に関連させている。低線量の疫学調査にともなう方法論的な困難さは、10mSvよりもずっと低い線量でのヒトのがんリスクを直接的に精度よく定量化できそうもないことを示唆している。そのようなリスクを定量化できないということは、しかし、社会的なリスクが無視できるということを意味してはいない;非常に小さなリスクでも大人数の個人が受けるのであれば、有意な公衆衛生問題となりうる。

 現在のところ、非常に低い線量でのリスク評価に使用する線量−応答関係の妥当性に確信が持てない。非常な低線量まで直線的に外挿するのが妥当であることを示唆するメカニズムからの議論はあるが、非常な低線量でその議論をテストすることは容易でない。しかしながら、図3に示す別のモデルは、あるend-pointには適用できるとしても、低線量、低線量率での放射線発がんを一般的に記述するものとしては、直線モデルと比較して信頼性に乏しい。
 読者は、この論文が低線量のX線、γ線のリスクについて論じていることを思い起こしてほしい。ラドンの子孫核種から出てくるような高密度に電離する放射線についても、メカニズムや疫学的な証拠は、低線量リスクの評価に対する直線モデルの信頼性に関して同様の結論に達するようにみえる。

 要約すると、現在の知識に照らして最も合理的な仮定は、低線量のX線、γ線によるがんリスクは、線量が下がると直線的に減少するということである。下向きに曲がる線量応答(図2,4)の証拠に照らすと、時折、示唆されているようにこの直線仮定は必ずしも最も保守的なアプローチではない。直線仮定は、ある放射線リスクには過小評価となり、他のものについては過大評価となるらしい。実験的に裏付けられ、定量化できる生物物理的な議論で支持されているという前提で、中線量から極く低線量へのがんリスクの直線外挿は、現在のところ最も妥当な方法論のように見える。

 この仕事の一部は、米国エネルギー省低線量放射線研究プログラムの支援を受けた。

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