ノーマン・ベチューン医科大学教授(中国)
Shu-Zheng Liu

 要旨

 
 放射線の生体影響の線量-作用曲線は対象の様々な因子に依存するが、中でも線量域と線量率が重要である。線量0.2Gy以下になると0.5Gy以上で見られる作用とは反対の作用が観察されることがしばしば報告され、UまたはJ型の線量-作用曲線が得られている。この論文ではこうした現象をもたらす分子レベル、細胞レベルでのメカニズムについて著者らの研究から得られたデータに基づいて概観し、生体での作用を考察する。そして最後に仮説モデルを提案する。

 

 はじめに

 
 放射線生物学の最も重要な成果のひとつは現象における線量-作用の関係を明らかにすることである。生物の複雑さのために普遍的なものを求めるのは難しい。文献的には主に0.5-1Gy以上の線量で得られたデータの外挿による線量-作用曲線が安易に作成されているが、正確には現実のデータに基づいて作成されなければならない。理由は明らかで、現実に0.1や0.2Gyで得られたデータは、外挿による“理想化”されたデータからははずれているということだ。低線量に向かうにつれて多くの生物学的パラメーターが(高線量域とは)反対になる傾向がしばしば観察され、UまたはJ型の線量-作用曲線が得られる。

 

 細胞の生存と増殖

 
 放射線の最も明らかな影響のひとつは細胞の生存と増殖に対する抑制作用である。これは0.5Gy以上で見られ[1]、0.5Gy以下では反対に全身照射後の脾臓細胞[2]や培養EL-4細胞によって示されたように、増殖の促進がしばしば見られる。そこで逆J型の線量-作用曲線が考えられる(図1)。


図1 照射後のEL-4細胞の増殖

 

 増殖における低線量(0.075Gy)、高線量(2Gy)の作用が、生存と増殖に関与するmRNAとタンパクの発現によって分子レベルで示された(図2 パネルA、B)。この図ではWBI(全身照射)の2時間後のmRNAレベルと24時間後のタンパクレベルが示されている。このタイミングは一般的な発現のピークのタイミングだが、以前に報告したように実際のデータではピークが前後にずれる場合もある[3]。図2Aには胸腺(奇数番号)と脾臓(偶数番号)における5種類の遺伝子、c-fos, c-myc, bcl-2, p53, ICEの発現レベルを示す。変化の傾向は低線量(0.075Gy)と高線量(2Gy)では明らかに異なっている。細胞死(アポトーシス)抑制遺伝子bcl-2は2Gyでは50%以上も抑制され、0.075Gyでは発現が促進される。一方、アポトーシス誘導遺伝子ICEは胸腺では逆に2Gyで約2倍の発現がみられる。c-fos の発現は0.075Gyの全身照射では2時間後に75%の増加となるが、先に報告したように30分後には4倍増加の速やかな応答がみられる [3]。


図2 低線量および高線量全身照射後の変動
A.
細胞生存関連遺伝子---mRNAへの転写(奇数番号は胸腺、偶数番号は脾臓)
B.
細胞生存関連遺伝子---タンパクの発現(胸腺のデータ。10、14列目はパイエル板のデータ)
C.
胸腺のシグナル伝達分子
D.
インターロイキン遺伝子---mRNA(奇数番号は胸腺、偶数番号は脾臓)


 Bは胸腺での細胞生存関連タンパクの変動を示しているが、高線量と低線量では反対の影響がみられる。c-mycは例外のようにみえるがこの場合でも高線量では大きく増加するが、低線量ではほとんど増加していない(3列目)。最も顕著な変動はBadの発現(2Gyで300%以上の増加、0.075Gyでは60%の減少、8列目)と、Bcl-XL/Bad比(0.0075Gyで200%以上の増加、2Gyで90%以上の減少、9列目)で見られる。

 

 細胞の機能

 
 細胞の機能は一般に高線量で抑制され、低線量で活性化される。このことは免疫系のNK(ナチュラルキラー)活性やADCC(抗原依存性細胞傷害)活性でよく見られる[4]。その他重要な免疫活性としてサイトカインの合成と分泌がある。胸腺(奇数番号)と脾臓(偶数番号)でのIL-2, IL-4, IL-6, IL-10, IL-12p35, NF-β, IFN-γの発現を図2Dに示した。 全身照射後2時間での変動では胸腺のIFN-γ5列目)と脾臓のIL-6(10列目)とIL-12p35がもっとも顕著である。高線量と低線量での発現の経時的変動ではIL-12p35とIL-10の違いが顕著である(図3)。


図3 全身照射後の脾臓でのIL-12p35とIL-10の転写

 

 これらは脾臓では逆の発現レベルの変動を示している。つまり低線量ではIL-12p35は上昇し、IL-10は下降しているが、高線量では逆になっている。これらから免疫に対する低線量放射線照射の促進的な効果がうかがえる[5]。細胞機能に対する低線量と高線量の影響の顕著な違いを示すもう一つの例はIFN-γの分泌で、その線量-作用曲線は図4に示した。


図4 全身照射後の脾臓細胞からのIFN-γ分泌の線量-作用関係

 

 細胞周期のコントロール

 
 細胞周期の進行には様々な制御が働いている。高線量では放射線はこの周期の進行をG1期での停止、S期の遅延、G2期での停止などによって妨害する。G2期での停止がよく研究されており[6]、図5には全身照射後の胸腺細胞のG2期での停止の線量-作用の関係が示されている。


図5 全身X線照射後の胸腺のG2期細胞数の変化

 

 1Gy以上の全身照射後24時間ではG2/M期の細胞の割合が顕著に増加しているが、低線量ではむしろコントロールよりも減少している[7]。G2期からM期への移行はMPF(M期促進因子)が制御している。MPFは2つのサブユニット, サイクリンB1とp34cdc2、で構成されており[6]、これらのmRNAとタンパクの発現を定量した結果、2Gyの照射でこれらは抑制され、0.075Gyでわずかに増加することが明らかになった[3]。これらのデータは全身照射によってもたらされる変動の分子レベルでの根拠となる。

 

 細胞情報伝達

 
 低線量放射線照射による胸腺での遺伝子発現の変動の多くは伝達経路のシグナル分子の変動に大きく関連している。低線量照射による胸腺細胞の活性化において少なくとも2つの情報伝達経路が関与していることが明らかになった[3,8,9]。Ca2+PKC(カルシウム-プロテインキナーゼC)経路とcAMP(サイクリックAMP)経路である。低線量X腺照射でCa2+-PKC経路は活性化され、cAMP経路は抑制されることがわかった。図2Cに低線量と高線量の全身照射によるこれらの経路のシグナル伝達を示した。リンパ球での情報伝達で考慮すべきもうひとつの経路はプロスタグランジン(PG)系である。PGEはIL-2の作用に拮抗的に働き、cAMPの生産を促進することによって免疫反応を抑制する。PLA(ホスホリパーゼA)はPGを産生する[10]。パネルCの10列目にあるようにPLA2活性は0.075Gyで抑制され、2Gyで上昇する。このように3つのシグナル経路が作用しあい、細胞の活性化に関与するIFN-γやIL-2などの一連の遺伝子の発現をつかさどる転写因子NF-κBの核内への移行をコントロールしている。実際はもう少し複雑だろうが全身照射後24時間でのシグナル分子の発現の線量-作用の関係を図6に示してある。



図6 全身X線照射後の胸腺でのシグナル分子の線量-作用関係

 

 転写因子NF-κBはおそらく低線量放射線照射による細胞の応答や活性化に関与する共通の因子のひとつだろう。Rel/NF-κBを構成するp65/p50と p50/p50の二量体の比が細胞への影響を決定する[11]。p65/p50 は遺伝子の発現を促進し、p50/p50は抑制する。またCREBは免疫細胞の遺伝子発現に抑制的に働く。p50/p50に対するp65/p50の比とCREBのDNA結合活性の線量-作用曲線は逆の傾向を示している(図7)。このように細胞内シグナルにおいても、低線量と高線量では異なる、または逆の作用がみられる。


図7 全身X線照射12時間後の胸腺細胞中のNF-κB/ RelとCREBの線量-作用関係

 

 生体での作用

 
 上で述べた変動は生体レベルに反映される。発がんが最も関心の高い放射線の影響である。中程度から高線量では発がんリスクが増加することは良く知られている。しきい値なし直線仮説のように、低線量での発がんリスクが高線量のデータからの外挿で決定できるのかは検討が必要である。動物実験ではこの点に関して、高線量と低線量で反対の作用が得られている。例えばC57BL/6Jマウスが1.75Gyの照射を週1回4週間受けると、6ヶ月で約半数に胸腺リンパ腫が発生する[12]。もしこれらの照射の6から24時間前に0.025、0.075、0.1Gyの照射を受けると発生の確率が1/2から1/3に低下する。著者らはこの作用を免疫の活性化によるものと考えている[13]。

 

 まとめ

 
 直線的な線量-作用の関係は、線量が0.5Gy以上の場合のデータを用いた時にのみ得られる。もし0.025-0.2Gyの線量での照射後の変化を注意深く見てみると、0.5Gy以上の照射時とは反対の方向の作用がしばしば観察される。この点をここでは細胞レベルおよび分子レベルで議論した。これらを踏まえた仮説的な線量-応答曲線を図8に示す。このような考え方がさらに検討されれば、個体レベル、ヒト集団レベルの放射線作用の解析で重要な意味を持つだろう。


図8 仮説的線量-作用モデル



 参考文献

 

1.
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2.
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