Department of Physics, K.L. Mehta
D.N. College for Woman, India
K. Kant

Department of Physics, I.G.N. College, India
P.R. Chauhan

Department of Physics, B.S.A. College, India
G.S. Sharma

Department of Applied Physics, India
S.K. Chakarvarti

 要 旨


 放射線ホルミシスは低線量電離放射線による有益な作用のことである。動物実験やヒトのデータから、がんの抑制においても同様なメカニズムが作用していることがうかがえる。これまでの研究から、低線量電離放射線(LLIR)の全身照射ががんの発生を低減することが示唆された。

 ここではLLIRに関する研究や報告のデータを包括的に示した。これらから実験動物とヒトにおいて、LLIR全身照射ががんによる死亡率を低減するという結論を得た。

 

 1. はじめに


 電離放射線照射の生体影響に関しては議論の余地がある。電離放射線の健康効果に関しては2つの相反する考え方がある。1つはLNTに沿った考え方だが、どんなに少量の放射線でも害があるとし、もう1つは有益な作用があるとするものである。前者は高線量のデータの外挿から得られたものである。後者は多数の疫学的なデータや動物実験データは有益な作用を示しているとする。

 BEIRやICRPなどの公的なまた政府機関がよりどころとしている発がんの直線的な線量依存性は、低線量放射線によって誘導されるDNA修復などの機能を無視しているということが明らかになるにつれて、次第に疑問視されつつある。低線量放射線照射はDNA修復機能、免疫応答、抗腫瘍機能そして解毒機能を活性化する、いわゆる適応応答を誘導する。このために照射によってがんの発生が低減することになる。

 この論文では、疫学データ、原子爆弾生存者のデータ、核関連施設従事者、ダイアル塗装工などのデータを扱う。結果は明らかにラドンレベルと肺がんに関する負の相関を示している。これらの結果は直線仮説に反し、放射線ホルミシスの基礎となる。

 

 2. 放射線ホルミシス


 ホルミシスとは、大量の投与では致死的もしくは致命的な障害をもたらすようなものが少量投与される場合に引き起こされる生体の応答、おそらくホメオスタシスに基づいた応答、ということができる。この言葉は低線量の照射によって有益な、または刺激促進的な作用がもたらされるような場合に使われる。

 

 3. ヒトにおける放射線ホルミシス:疫学的事実


 有益な作用を示す様々な疫学データがある。

3.1 原子力船造船所従業員
 このデータはおそらくLLIRが危険ではないことをもっともよく示しているだろう。これは20年以上も原子力船造船所で働いている108,000人の従業員を含む700,000人の造船所の従業員のデータベースからなっている。線量等量(DE)が5mSv以上の28,542人の原子力従事者と33,352人の非原子力従事者の死亡率を比較している。発表されたデータは図1である。原子力従事者のすべての原因による死亡率は非原子力従事者のそれより低い。中皮腫(Mesothelioma)はアスベスト吸入によるもので異なる原因による例外と見なすべきだろう。全体として被ばく者の死亡率は非被ばく者のそれの76%である。


図1 原子力船造船所での調査

 

3.2 日本の原爆生存者
 約100,000人の原爆生存者のうち、少量のまたは少な目の被ばくをした2/3の人々ではがん死亡率が対照群のそれより低くなった。1950年から1982年までに、5mSvより少ない非常に少量の放射線被ばく(自然放射線1.5年分)を受けた37,173人の生存者のうち2,438人ががんによって死亡した。5-50mSvの線量(1.5から15年分)を被ばくした生存者のうち1,815人ががんにより死亡した。これらは被ばくを受けない対照群の死亡者数から推測されるより108人も少ない数である。白血病の線量-リスク関係は図2に示すようなU字型となり、0.11Svでは相対リスク(RR)は0.78となる。被ばく男性では被ばく線量0.5から0.99Gyの範囲で、年齢を合わせた対照群から予測されるよりも少ないがん以外の原因による死亡率を示した。男性の寿命の延長はマウスの実験でも指示された。0.2Svより高い線量ではこのような有益な作用を示唆する曲線関係は得られない。


図2 U字型の線量-応答曲線

 

3.3 高自然放射線地域の住民
 いくつかの疫学データはこれらの住民の寿命が延長され、がん死亡率が低下していることを示している。

3.4 高自然放射線地域の住民の疫学研究についての検討
3.4.1 中国のデータ
 Guangdong地方のYangjiangではモナザイト由来の放射線が高い自然放射線を作り出している。年間実効線量は平均6.4nSvと見積もられている。一方近隣の対照地域では2.4mSvである。ここでは男性、女性ともにがん死亡率は対照地域に比べて、約1/3である。また他の調査では70,000人の農夫のデータから3.3mGy/年の地域の人々は1.0mGy/年の地域に住む人々より低いがん死亡率を示している。

3.4.2 インドのデータ
 ケララでは5,000人が年平均20mSvの自然放射線を被ばくし、45,000人が5mSv以上を被ばくしているが、がん発生とがん死亡率はアメリカ合衆国(平均は3mSv)でのそれと比較すると顕著に低い。最近の報告では100,000人が住む高自然線量地域ではがんの発生が増加したということはない。ケララでの平均寿命はインドの平均より10-15年も長いと見積もられる。

 ブラジルのいくつかの町(住民は1mGy/年以上を何世代にもわたって被ばくしている)でも同様な調査がおこなわれ、特に健康所の問題はないことが報告された。

 合衆国西部の7つの州でも1mGy/年の高自然放射線地域では低い自然放射線地域よりも上で述べたような有益な影響が観察された。つまり、寿命が延長され、全死亡率が15%低下した。

3.4.3 カナダの乳ガンの女性
 人工気胸治療で繰り返しX線透視検査を受けたカナダ女性の乳ガン死亡率に関して、U字型の線量-作用曲線が報告された。これはラドン被ばくによる肺がんの低減や肺のX線透視による乳がんの低減などの報告によってさらに裏付けられた。

3.4.4 合衆国の家屋におけるラドンと肺がんの相関
 1992年にピッツバーグ大学によって行われた1,217の郡の272,000件の測定では、肺がんの発生はラドン濃度の増加にしたがって減少した。もっとも高い平均ラドン濃度をもつ3つの州では肺がんは105当たり41件で、もっとも低い3つの州での105当たり66件をより顕著に低い。9つの肺がんケースコントロール調査から22-291Bq/m3の線量域で防御的な作用が見られることが報告された。またペンシルバニア州のカンバーランド郡(平均室内ラドンレベル340Bq/m3)では1950年-1969年の白人女性の肺がん発生率は5.4(+0.65)x10-5/年で、全国平均の5.4x10-5/年より低いことが報告された。その他全国101大学の調査では、ラドンレベルの高い2つの大学(226 Bq/m3および170 Bq/m3)では肺がんの相対リスクは0.55と0.51となった。これらから防御的な効果は170-226 Bq/m3で見られることが示された。

3.4.5 現在の調査
 インドのハリャナ州(ラドン濃度は最高8.33pCi/l)では肺がん発生率とラドン濃度に負の相関があることが示された。人口106人当たりの肺がん確率とラドン濃度は図3のようである。


図3 ハリャナでの平均肺がん発生率(年間の人口百万人あたりの件数。1996-2000年)

 

 4. 低線量放射線の全身照射


 全身照射の影響は、以下のような少なくとも9つの大がかりな調査から得られている。

4.1 ロスアラモス国立研究所の調査
 29年に及ぶ調査で、1-5cGyを被ばくした従業員では、全がん死亡率は対照群の77%のであり、白血病では35%であることが示された。

4.2 合衆国核爆発実験観測者の調査
 1951年-1957年の調査。1-3cGyを被ばくした6,695人の男性ではがん死亡率は対照群の71%であった。

4.3 合衆国核兵器製造所従業員の調査
 7cGy被ばくした従業員の全がん死亡率は対照群より低いことが報告された。

4.4 カナダ軍の調査
1.3cGyを被ばくしたカナダ軍兵士954人の死亡率は対照群の88%であった。

4.5 カナダ核施設従業員の調査
 1956年-1985年の調査。2cGyの低LET放射線に被ばくした4,260人の従業員の死亡率は対照群の86%であった。

4.6 イギリス放射線従事者の調査
1- 7cGy被曝したイギリスの放射線従事者の白血病による死亡率は対照群の13%であった。

4.7 オンタリオ州の核施設従業員の調査
 5cGyを被ばくした4,000人の従業員の全がん死亡率は2,000人の対照群の11%であった。差異は統計的に有意である。また原子力発電所の従業員のがん死亡率は全カナダの平均の58%であることが報告された。

4.8 インドの核施設従業員の調査
 核施設従業員のがん死亡率は対照群の96%で、被ばくによってがん死亡のリスクの上昇がないことが示された。また核施設従業員112,363人-年と非核施設従業員204,256人-年において、病気、特にがんの発生の分析では、これらの被ばく者およびその家族にはがんを含む異常の増加は認められなかった。また最近の原子力発電所の調査でも被ばくによるがんの増加は見られなかった。

4.9 ラジウム文字盤塗装工の調査
 2,000人の調査では対照群と同じくらいの寿命は全うし、白血病による死亡率は合衆国平均の22%となった。英国の場合には白血病による死亡は確認されていない。ラジウムの被ばくは平均寿命をのばし、SMRは0.88である。英国の女性塗装工では0.81、2年以上従事していた場合には0.72となった。

 

 5. 結論


 これらの結果はLNTに沿わないものであり、全身照射はがんを誘発しないことを示す。がん死亡率は高自然線量被ばくでもっとも低い。これらの疫学的な結果は動物実験の結果と一致している。LNTの考え方には疑問があり、注意深い検討が必要だ。ここに示したように、様々なデータがしきい値の存在としきい値より低い線量域でのホルミシスを示唆している。

 

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