J.M.Cuttler(加)
前カナダ原子力学会会長
低線量放射線照射の健康への有益な作用は1世紀も前から知られていたが、科学者の間では賛否両論あった。これは主として政治的、社会的そして経済的な理由によると思われる。反核の立場は重要なエネルギー源のみならず途方もなく有益な医学療法を人類から奪い取るということに人々は気付いていない。しかし「この現状」を「あるべき状態」に変えることができそうな人々の多くは、これに対してなんとかしなければとは考えていないようだ。核の恐怖、つまりがんと遺伝的影響の悪いイメージを変えるには動機と確信が必要だ。医学界は低線量放射線照射(LDI)療法を始めることによってこの問題の解決に寄与できるだろう。日本とヨーロッパでゆっくりとした前進を見せてはいるが、この治療法の導入には至る所で多くの障害がある。核関連業界は医者を援助すべきだ。がん患者と支援する人々が、病院にこのLDI治療を行うように申し入れるのがこの実現への鍵となるかも知れない。
低線量放射線を何回かに分けて全身照射することは、今世紀初頭から1930年頃まで行われたことがあった。1950年代に化学療法がとってかわったが、LDI療法は特に非ホジキンリンパ腫でその後も続けられた。メカニズムとして免疫機能の亢進、癌細胞のアポトーシスの誘導、がん細胞の(がん治療に対する)感受性の向上などが考えられた。日本では20年にわたって研究や治療が効果的に進められ、またJohn's
Hopkins Medical Instituteでは血液がんの治療が行われた。2000年10月6日にフランスでの予備テストの成功をうけて、European
Organization for Research and Treatment of Cancer は、ろ胞性非ホジキンリンパ腫の無作為臨床試験の実施を認めた。
このような様々な進展にもかかわらず医学界は乗り気でないようだ。どうしてなのか。これには現状を維持しようとする行政と放射線防護関連分野の利害がからんでいる。しかし核関連産業と医療産業の利害はさらに大きい。
低線量放射線の有益な作用は、生物学的な説明がなされても権威筋には顧みられないできた。確かに当局のこうした姿勢は理解できなくはないが、科学者の姿勢はどうだろう。科学者は、1)この有益な作用をもっと知り、2)医療関係者がこの作用の事実を学び、LDI療法を試みて良い成果が得られたら認めることを促し、3)当局に規制を変えるよう求めるべきではないだろうか? 実現すればがん患者にとって大きな救いになると思われるのだが、この治療法の導入には障害がある。
放射線に対する人々の誤解を解くのに十分な動機と確信を持ち得る人々はまず第一に内科医である。この問題はまさに医学の問題だからだ。第二にがんや他の致命的な病気の患者たち。彼らにとって、この治療法が実現するか否かは死活問題だ。この二つのグループはこの問題を解決し、人類のこの重要なエネルギー源を守るとともに、がんや高齢者に多い他の病気に対する治療法を獲得できるように協力し合うべきだ。
この半年、がん、特にホジキンリンパ腫のLDI療法について、何人かのカナダの放射線腫瘍学医たちと連絡を取り合った。セミナーを開催し、多くの論文が発表された。そしてCanadian
Association of Radiation Oncologists(カナダ放射線腫瘍学会)の会長と話し合った。
何人かはこの有益な作用に対して懐疑的で、他の人々はあまり気が進まないようだった。ある2人の医師たちはこれに関する情報を集めはじめたが、LDI療法のための資金を調達することが困難だと知った。別の二人は、放射線腫瘍学医は毎日の仕事が忙しすぎ余裕がないと言った。結局、誰もこの治療法を実行する努力を払えなかった。
3人にひとりはがんになり、4人にひとりはそのために命をおとす。この治療法はその多くの人々を救うというのにどうしてなのだろう?
癌細胞を殺すための(従来の)局部照射に比べて15cGyのLDI全身照射は実施がはるかに容易で、またはるかに少ない線量で生体の自然の防御を活性化する。副作用も、外科手術、局部照射、化学療法とは異なりほとんど無い。これら従来法と組み合わせて使える。数週間の事前照射は従来法の効力を邪魔しない。LDIは1年か、1年弱の期間に一度、予防的に用いることもできる。これほどのメリットがあるのに何故この試みは始められないのだろう。それは癌治療での実験的成功例があるにもかかわらず、医学界には認められていないせいだ。
LDI治療法の導入に障害となっていると考えられることを以下にまとめた。
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低線量放射線照射の有益な作用が確立されていないので、悪影響がないと分かっていてもこの作用を利用した治療法は信頼性がないと考えられがちだ。
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この有益な作用の事実に注目しようとする人々に不名誉の烙印が押されかねない。
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多数の内科医がどんな線量でも放射線には発がん性があると考えている。
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ほとんどのがん患者は、がん細胞を殺す場合にはやむを得ないと考えるが、放射線はなんでも体に悪いと思っている。
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メディアは常に放射線は悪いものとしている。
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行政や放射線防護に関わる人々は放射線発がんのLNT仮説を採択するICRPの考え方とガイドラインに従っている。
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癌がまだよく理解されていない。研究が必要だ。
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多くの放射線腫瘍学医はこの有益な作用についての長い歴史をよく知らない。
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核実験禁止の政治的な理由でこの作用が無視されたり、抑圧されたりした。
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放射線の免疫や他の防御機能に対する作用がまだよく分かっていない。
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科学者は高線量の悪影響に注目しがちだ。
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医師はこの治療法が期待通りに行かなかった時の裁判沙汰を心配しているのだろうか。
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従来法を好む医師たちによってこの治療法への懐疑心や危険性が吹聴されるのかもしれない。
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化学療法機器用品の業者によっても同様の否定的な意見が吹聴されるかも知れない。
核関連業界は人道的な理由から内科医にこの治療法を行うように求めるべきだ。これが成功するとこれまでがんの恐怖の下に隠されてきた核関連技術に光を当てることになるだろう。
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