要 約


背 景
 
診断用エックス線は人工的な放射線源としては最も線量の大きいもので、世界平均の年間被ばく線量の14%を占める。診断用エックス線は大きな利益があるものの、わずかながら発がんのリスクを含むものであることは一般に知られている。我々の目的は英国と他の14か国での診断用エックス線による年間の検査数からそのリスクの大きさを見積もることである。

方 法
 診断用エックス線の使用頻度、臓器への推定線量およびリスクモデル(主に日本の原爆生存者の単位人口あたりのがん発生率と全死亡率のデータに基づく)を組み合わせて評価に用いた。

結 果
 英国では75歳までの累積がんリスクの0.6%が診断用エックス線によるものと推定される。これは年間700例の発がんに相当する。他の13カ国では0.6-1.8%と推定された。日本は3%を超える最も高い値を示した。

解 釈
 診断用エックス線による発がんリスクを詳細に評価した。ここでの計算は数多くの仮定を含み、そのためかなりの不確かさは免れない。リスクを過大評価した可能性はあるが、過小評価はしていないと考えている。

 はじめに


 診断用エックス線は人工的な放射線源としては最も線量の大きいもので、人工および自然の放射線源による世界の全被ばく線量の14%を占める。診断用エックス線は大きな利益があるものの、わずかながら発がんのリスクを含むものであることは一般に知られている。

 診断用エックス線による被ばくはだいたい10mGy以下であることが多いため、個人のリスクは非常に小さいだろうが、集団のリスクに置き換えるとかなりの数のがん症例に結びつく。小さなリスクは疫学的には直接求めることは難しいが、日本の原爆生存者の0-4Gyの線量域でのがんリスクの外挿などから推定できる。

 1981年にDollとPetoは合衆国での診断エックス線によるリスクを0.5%と見積もった。以来この診断法は多用されるようになったが、国によってかなり異なる。我々の目的は、英国と他の先進14か国での診断用エックス線の年間使用量からそのリスクの大きさを見積もることである。

 方 法


 75歳までの累積リスクを見積もった。用いたものは、被ばくによる発がんリスクのモデル、診断用エックス線に被ばくする頻度の推定値、診断用エックス線による臓器の被ばく線量の推定値、15か国の発がん率と死亡率データである。

放射線被ばくによる発がんリスクモデル
 食道がん、胃がん、大腸がん、肝がん、肺がん、膀胱がん、甲状腺がんに関しては、UNSCEARによる日本の原爆生存者データに基づいた直線モデルを用いた(過剰相対リスクモデル)。この中で肺がんは原爆生存者の喫煙と被ばくの分析によるモデルを用いた。

 白血病と乳がんでは過剰絶対リスクモデルを用いた。慢性リンパ性白血病を除く白血病では日本の原爆生存者データに基づく直線-二次モデルを用いた。乳がんでは原爆生存者データを含む4つのコホート調査のデータの集積分析による直線モデルを用いた。肺がんのモデルでは性別と調査時の年齢を考慮した。他のすべてのモデルでは性別と被ばく時の年齢を考慮したが、白血病と乳がんについては調査時の年齢も考慮した。

英国での被ばく頻度
 診断用エックス線への被ばく頻度は、UNSCEARの2000年報告書の中の1991-1996の調査データに基づいた。しかしこの中には年齢と性別による頻度のデータはない。この点に関しては、1977年のKendallらの調査データがある。そこでこれら二つのデータを組み合わせて、年齢別、性別による被ばく頻度を推定した。 CTスキャンに関しては、同様に1989年のShrimptonらの調査データとUNSCEARデータを組み合わせた。 マンモグラフィーではNHSの乳がん検診プログラムのデータを用いた。それによると、50-64歳の女性の70%は3年毎に検査を受けている。

英国での臓器被ばく線量
 臓器線量を1993-1996年のフィンランドの調査と2000年のHartらの調査データとを組み合わせて推定した。CTスキャンに関しては、Shrimptonらのデータから、マンモグラフィーによる乳房の線量はYoungらの1997-1998のデータを用いて推定した。表1には27種類のエックス線検査による臓器被ばく線量を示した。これらのデータから年齢別、性別の年間被ばく線量を推定して、プロットした。

他のがんの場合のリスク推定
 上記9種類のがんに関しては、リスク計算に必要な情報は取得できるが、他のがんに関してはそのような情報はない。そこで全固形がんおよび白血病を合わせた全体としてがんリスクを求めるために、上記9種類のがんの発生の中の診断用エックス線被ばくに起因するがんの割合を、その他のがんの場合にも同じと仮定して当てはめてリスクを推定した。この中で慢性リンパ性白血病、リンパ腫、多発性骨髄腫は放射線被ばくによって起こるとは考えられていないので除外した。

英国での発がん率と全(原因)死亡率
 Parkinらの年齢5歳区切りのイングランドとウェールズの発がん率(1988-1992)を用いた。肺がんに関してはPetoらのデータを用いた。1998年の英国全(死因)死亡率データを用いて生存率を計算した。

英国のリスク計算結果の妥当性の検討
 仮定条件を変えて以下のように検討した。

  • 診断用エックス線を被ばくする人は健康度が低いと考えられるので、全(死因)死亡率を10%および50%高く見積もった。
  • 白血病以外のがんに関して、低線量における線量率低減係数として2を用いた。
  • 放射線被ばくによる発がんリスクは死ぬまでではなく、40年間影響すると仮定した。
  • 臓器線量を30%高く、あるいは30%低く仮定した。
  • Kendallらの被ばく頻度調査データの標準誤差を用いて、累積リスクの95%信頼区間を計算した。
  • 日本の原爆生存者データによるモデルだけでなく、ヨーロッパと北米の成人を対象とした調査(UNSCEAR2000)から得られた過剰相対リスクモデルによってもリスク評価を行った。

英国以外の国々のデータ
 ヘルスケアレベル1(人口1000人につき1人以上の医師がいる)の国々の累積リスク推定を行った。これらの国々に関しては英国と同じように、エックス線被ばく頻度、発がん率、全死因死亡率などのデータが入手可能である。しかし診断用エックス線被ばく頻度の年齢別、性別の分布と臓器被ばく線量は英国のデータをそのまま用いた。USAに関しては、CTスキャン頻度とエックス線検査全体の頻度のデータしかないため、英国のデータをもとに計算して推定した。日本に関しては、CT検査の年間頻度データが全くないため、ヘルスケアレベル1の国々の平均値を用いた。マンモグラフィーの頻度はオーストラリア、フィンランド、オランダ、スウェーデンとUSAに関して、50-69歳の女性の70%が2年に一度の検査をすると仮定した。
 

 結 果


 診断用エックス線による75歳までの発がん累積リスクの推定値は、英国では0.6%と計算され、これは年700人に相当する。男性では膀胱がんが最も多く、大腸がんと白血病が続いた。女性では大腸がん、肺がん、乳がんの順であった。多くの場合40歳位から増加し始め、70歳でもまだ増加している。2%が40歳以前でもおこり、56%が65-74歳でおこると推定された。検査の種類では、CTスキャン、バリウム注腸検査、臀部骨盤部エックス線検査が大きな割合を占める。検査100万回当たりの推定発がん率は検査の種類によって大きく変わる。マンモグラフィーや胸部エックス線(低線量)では8件以下だが、冠動脈血管造影(肺が高い線量を被ばくする。検査1回で約40mSv)では280件にものぼる。ここで計算に用いた仮定を変化させた場合のリスクの変化は表5に示した。全死因死亡率を高く見積もると、当然放射線によるリスクは低下する。低線量の線量率低減係数を2とすると、リスクは約半分になる。被ばくによるリスクの継続を一生ではなく、40年に限ると、リスクは低下する。臓器被ばく線量を高くしたり低く見積もったりすると当然それに比例してリスクは上下する。別のリスクモデルを用いると男性女性ともにリスクは上昇した。

 15か国の中で、リスクがもっとも低いのは英国で、最も高いのは日本であった。日本は3.2%の累積リスクで、これは年7587件のがんに相当する。他の国々では2%を下回る値となった。

 考 察


 ここでは、わずかな放射線でもがんを誘発すると仮定した。実験データや疫学データからは、しきい値の存在は証明されていないと思われる。そこで診断用のエックス線被ばくでもがんの原因となると考えた。  この仮定以外にも、計算には以下のようないくつかの仮定を用いた。

  • 診断用エックス線に被ばくする人も一般公衆と同じ死亡率もつ。
  • (診断に使われるような)低線量放射線も4Gyの放射線と同じ線量当りの発がんのリスクをもつ。
  • 被ばくによる発がんの危険性は一生涯続く。

 もしこれらの仮定のどれかでも間違っていたなら、リスクは半分くらいにまで低下するだろう。ここで行った計算には、これらの他にも以下のような不確かさがある。

  • 臓器での被ばく線量
  • いろいろなエックス線検査の年齢毎の頻度
  • リスクモデルの選び方の妥当性
  • 9種類のがんに関するリスク評価を他のがんに適用することの妥当性

これらの不確かさのためにリスクは高くもなるし、低くもなる。

 これまで診断用エックス線によるリスク評価は、USAとドイツに関するものがあるだけであった。これらの評価は年齢、性別のない不十分なものだった。今回得られたUSAのリスクは0.9%で、1981年の0.5%の約2倍である。この理由は、今回の計算では、より詳細な方法論を用いたこと、がん死亡率ではなく発がん率を用いたこと、エックス線使用頻度が20%も増加したことなどが挙げられる。ドイツに関しては、今回1.5%で、1977年の2%よりは少し低下した。

 75歳以上のデータはないため、ここで計算した累積リスクは75歳までの値である。しかし英国ではがん総数の20%が75歳以上に見られる。したがって、これを考慮するとリスクはここで計算した値より20%大きくなる。英国でのエックス線使用頻度は比較的少ないが、これにはRoyal College of Radiologistsによる医師への詳細な指導が役に立っていると思われる。

 エックス線診断は有益だが、リスクが伴うことは認識されている。ここではこのリスクを推定した。しかしここで行った計算には多くの仮定が含まれ、したがってかなりの不確かさがある。ここでの計算ではリスクを過大評価した可能性はあるが、過小評価はしていないと考えている。


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