1986年に旧ソ連で発生したチェルノブイリ事故による放射性降下物で、西欧地域には事故発生後の1年間で0.001〜0.7ミリシーベルトの被ばくが起こりました。この被ばくに怯えて、数万件の人工流産がなされました。ただし、ハンガリーでは、胎児の被ばく量が100ミリシーベルト以上でのみ人工流産を許可する法律のおかげで、チェルノブイリ事故による人工流産はゼロでした。

 100ミリシーベルトまでなら、胎児に危険はないという考えは、主として、原爆被ばく後の調査にもとづいています。母親の体内で原爆放射線を受けた胎児には、外見的にわかる発生異常の増加はみられませんでした。また、精神発達遅滞症(知恵遅れ)は被ばく量が1シーベルトを超すと75%で発生しましたが、被ばく量が100ミリシーベルト付近では2〜5%になり、対照(被ばくしていない胎児)頻度の1%と有意の差はなくなりました。(Otake et al.RERF TR 16-87,1988)

 もう一つの大事な点は、原爆は一気の被ばくで、チェルノブイリ事故では、放射線を少しずつ受けたことです。酒の大量一気飲みは危険ですが、同じ量でも毎日少しずつ飲むのなら百薬の長として効果があるといわれるとおり、放射線も一気の被ばくは危険でも、少しずつなら同じ量でも安全である場合が多いのです。その実例をお話しましょう。

 妊娠中期のマウスにガンマ線を2シーベルト一気(2分間)に与えると、奇形が多発しますが、同じ量を少しずつ27時間かけて照射すると、奇形の頻度は放射線を受けないレベルに下がります(表1)。ただし、これはp53という遺伝子を持っている普通のマウスでの話です。 p53遺伝子を破壊したp53欠損マウス、p53(−/−)では、2シーベルトを27時間かけて照射しても、奇形頻度は照射しないレベルより有意に高いままで、リスクはゼロにならないのです(表1)。この実験結果は次のことを意味します。

 放射線による奇形の原因は細胞内のDNAの傷です。この傷に対して、少しずつ被ばくさせたときは、DNA修復がきわめて効率よく働くため、傷は激減します。さらに、アポトーシス(放射線による傷が残存する細胞が、p53遺伝子の生産するタンパク質の働きで、自殺する現象)が協調して働きます。この結果、放射線による奇形の原因であるDNA損傷は完全に排除され、放射線リスクはゼロになる、という意味です。

 

表1 妊娠中期のマウスに、ガンマ線2シーベルトを一気(2分間)に、または27時間かけて少しずつ照射した場合の胎児の奇形頻度とp53遺伝子の関係(Kato et al. Int J Radiat Biol. 77, 13-19, 2001)

p53遺伝子の有無
被ばく量
シーベルト
奇形の頻度(%)
2分間の被ばく
27時間の被ばく
+/+
0
9
9
-/-
0
18
18
+/+
2
77.7
10
-/-
2
データなし
30 注)

注)非照射群と有意の差がある

(引用資料の原著は近藤宗平:「人は放射線になぜ弱いか」
講談社ブルーバックス(1998)に譲る)


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