広島や長崎で原爆を受けた人の子供たちに対するアンケート調査では、4人に1人が差別を受けたということでした。そして、被ばく二世のほとんど全てが、親が原爆で放射線を被ばくした影響が自分達に現れるかも知れないと心配しているということでした。実際に親の被ばくが子供へ影響するかどうか知るために、(財)放射線影響研究所は、平成12年から、被ばく二世と対照(被ばくしていない)二世のがんの発生頻度についての2回目の調査を始めています。

 1946年に、米国の遺伝学者H.J.マラーは、生理学医学の分野でノーベル賞を受賞しました。彼は、1927年にショウジョウバエを使ってオスのハエにX線を照射すると、その子孫のハエの生存率を低下させる突然変異の頻度(F)がX線の量(D)に直線比例するという直線法則(数式では(F=a+bD)を発見していました。1945年に原爆が広島と長崎に投下され、人に対する放射線の遺伝的影響が現実の問題となり、19年前の発見がノーベル受賞に選ばれたといわれています。そして、1958年国連科学委員会が採択した「放射線はどんな微量でも危険」という仮説の唯一の証拠が、マラーの発見した上述の直線法則でした。この法則は各種の生物実験で確認され、マウスではオスで確認されました。しかし、メスのマウスではガンマ線を少しずつ長い日数をかけて照射すると、突然変異頻度は照射しないレベルまで低下するという例外も発見されました。

 原爆被ばく二世の遺伝的影響の調査が、1940年代末からABCC(現在の(財)放射線影響研究所)において、40年の長期にわたって、故J.V.ニール教授の指導のもと、人類遺伝学史上最大規模でなされました。調査結果を表1に総括します。

 

表1 原爆放射線の遺伝的影響
カッコ内の数字は、分子が異常を示した個数、分母が調べた総数





a)Yoshimoto et al. RERF TR 1-91(1991)  b)Awa et al. RERF TR 21-88(1989)  c)Neel et al. Am J Hum Genet, 46, 1053(1988)  d)Otake et al. Radiat Res 122, 1(1990)  e)文献a)と同じ
親の平均被ばく量(シーベルト単位);a):0.43 b)0.60 c)0.41 d)0.36 e)0.40

 

 表1の説明をします。人間の染色体は46本です。44本は、2本ずつ同じ形で、両親から別々にもらったものです。性染色体として、女にはX型が2本、男にはX型1本とY型1本が加わります。表1のb)によれば、性染色体数の異常の調査では、異常は原爆被ばく二世には0.23%みつかり、対照二世には0.30%みつかったので、両者には差は検出できませんでした。表1には安定型染色体異常の調査もありますが、被ばく二世で0.22%、対照二世で0.31%ですから、この場合も放射線被ばくの影響は認められません。表1a)の遺伝的要因が考えられないものを除外した、白血病などの腫瘍の調査からは、20歳までのがんの発生では、被ばく二世と対照二世でがん発生頻度に差はありません。表1c)の調査は、末梢血を採集して、リンパ球をとりだし、これに含まれる各種タンパク質を詳細に化学分析した結果です。被ばく二世では、3人が両親と違う蛋白質をもっている例がみつかりました。この場合、調べたタンパク遺伝子の総数は67万個ですから、変異頻度は1万分の4.5%です。対照二世の頻度は1万分の6.4%ですから、両者に差はありません。表1d)とe)は、「発生異常、死産、誕生直後の死亡」と「生後早期の死亡」の調査ですが、これらは遺伝的要因がどのくらい関与するのかについては問題がありますが、調査した結果は、被ばく二世と対照二世の間で異常頻度に差は認められません。

 表1がいかに大規模の調査で、なぜ40年という長い期間を必要としたかは、カッコ内の分母の数字が示す調査総数から推察して下さい。

 両親の原爆被ばく量は平均約500ミリシーベルト(表1の脚注参照)です。従って、500ミリシーベルトまでの放射線の遺伝的影響は心配しなくてよいという確実な証拠が、表1のように総括されます。このように大事で確実な証拠があるにもかかわらず、この様な情報が、被ばく二世や世間一般に伝わらないのはなぜでしょうか?情報の内容がわかりにくいからかもしれません。この解説が少しでも役にたてばと思います。

(引用資料の原著は近藤宗平:「人は放射線になぜ弱いか」
講談社ブルーバックス(1998)に譲る)


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